一月末のある日、長期の出張から自宅へ戻った。玄関のドアを開けると、妻がその場でひれ伏し、土下座をしていた。
「不倫していました。相手の奥様にバレました」
突然の出来事に、私は思わず「はぁ?」と間抜けな返事をした。
玄関で長話をするのも不自然だと思い、私は妻にリビングへ移動するよう促した。その時ふと気づいたのだが、家に子供の姿が見えない。妻に尋ねると、実家に預けてきたという。妻の実家は電車で三十分ほどの距離だ。
私は冷静に状況を把握しようと自分に言い聞かせ、変な自己ルールを作った。妻への質問はすべて敬語で行う、と。今思い返せば非常に不自然で、情けない対応だった。
リビングに着くと、妻は再び土下座し、沈んだ声で「許してください」と謝罪した。
「まだ何も事情を聞いていません。それに、謝罪の態度だけで心象が良くなることはありません。こちらに座ってください」
私がそう言うと、妻は顔を上げ、椅子に座った。その時、妻の目がひどく腫れ上がっていることに気づいた。
ずっと泣きはらしていたのだ。
落ち着いた様子で、妻は一連の出来事を話し始めた。
私が出張に出ていた某日の朝、不倫相手の奥様から妻の携帯に電話がかかってきた。直接会って話がしたいと言われ、妻は午後を半休にして面談に向かった。
面談の席で、相手の奥様は開口一番「私の夫と不倫しているでしょう?」と問い詰め、妻は素直に認めた。
相手の奥様は興信所の調査による不貞行為の証拠を保有しており、妻に慰謝料を請求し、私にも事実を報告すると告げた。
妻は私が出張中ですぐ対応できないこと、帰宅予定日を伝え、私が戻り次第連絡すると約束したという。
話を聞き終え、私は冷静に質問を続けた。
「不倫相手は誰ですか?」
「元上司の〇〇さんです」
私は心底うんざりした。ありがちな不倫パターン、まるで不貞の標本のような男だ。年賀状のフォルダを開くと、案の定その男の姿があった。
「この方は、私たちの結婚式にも出席していましたよね?」
妻は小さく頷いた。
「……はい」
「不倫関係はいつからですか?」
「一年前からです」
「この一年だけの関係ですか?結婚前にも何かあったのではないですか?」
「結婚前には何もありません」
私は断言した。
「相手の奥様に確認します。双方の証言が一致しなければ、改めて問いただします」
一瞬の沈黙の後、妻は崩れ落ちるように謝った。
「……ごめんなさい。結婚前から関係がありました」
私はまるで漫画のように膝が崩れそうになった。
妻から相手の連絡先を受け取り、私はすぐに相手の奥様に電話をかけた。
「夜分失礼いたします。〇〇と申します。妻の夫です。一連の事情を妻から聞きました」
相手の奥様は冷静な口調で返答し、四人で面談したいと申し出た。翌日の午後、指定された場所と時間で話し合うこと、妻も必ず同行させることを約束し、電話を切った。会話はぎこちなく、重苦しい空気だった。
ここで当時の私たちの状況を記しておく。私は三十四歳、メーカー勤務。妻は三十三歳の公務員。
結婚七年目、五歳の子供が一人いる。不倫行為は週に一度のペースで行われていたという。
私は世間的には不細工な部類に入るが、妻は非常に美人で、周囲からはいつも「美女と野獣」「分不相応な良い嫁をもらった」と言われていた。
私は再び妻への質問を再開した。
「不倫に至った原因は何ですか?」
「……分かりません」
「私に非があったのでしょうか?」
「ない、と思います」
「今後、どうしたいですか?」
「……分かりません」
「私と離婚し、相手の男性と結婚するつもりですか?」
「離婚は嫌です。別れたくありません」
「なぜ離婚を嫌がるのですか?」
妻は言葉を詰まらせ、黙り込んだ。
「私のことを愛していないのなら、この結婚に意味はありません」
「そんなことはありません。あなたを愛しています」
「ならば、なぜ不倫をしたのですか?」
再び沈黙が訪れた。
「筋を通すなら、私と離婚し、相手の家庭も崩してから結ばれるべきです。それをせず、双方を欺いて不貞を働くのは何故ですか?」
「離婚だけは嫌です」
「私にどうして欲しいですか?」
「あなたの好きなようにしてください」
「私が離婚を選んだら、受け入れるのですか?」
「嫌です。別れたくありません」
私は核心的な質問を投げかけた。
「子供はどうしていたのですか?」
「子供が幼稚園に行っている昼間に……」
昼間の平日、子供を預けてまで不倫をしていたのだ。私は心底冷めた。
「この子は本当に私たちの子供ですか?」
「疑わないでください。絶対にあなたの子供です」
私は真剣に告げた。
「DNA鑑定をさせてください。あなたが疑われる行為をしたのですから、当然のことです」
妻は突っ伏し、激しく泣き出した。
その後、妻からすべての真相を聞き出した。
結婚前から元上司との不倫関係が続いており、結婚を機に一度は切ったものの、子供が幼稚園に入園したタイミングで再燃したという。不貞の場は主にホテル、そして私たちの自宅だった。
自宅でまで行っていたと聞き、私は趣味で揃えていた小型ワインセラーに目がいった。
「このワインにも、手をつけていたのですか?」
「……はい。ごめんなさい」
改めて思い返すと、最近ワインの本数が減っていたことに気づいた。自分の所有物の管理も疎かにしていた自分が情けなかった。
長時間の聞き取りで、私はくたくたに疲れ果てた。風呂に入って眠りたい、だがこの家はもう汚れている。風呂も、リビングも、何もかも嫌になった。
私は妻に告げた。「とりあえず、私はここを出ていく」
荷物をまとめ始めた。着替え、スーツ、洗面用具、寝袋を準備し、貯金が空になるのを防ぐため、通帳と印鑑も持ち出すことにした。勝手に飲まれたワインが腹立たしく、残ったワインをすべてシンクに流し捨てた。今思えば狂った行動だが、その時はもうこの家に戻るつもりがなかった。
妻は「ごめんなさい、出ていかないで」と泣き叫んでいたが、私は完全に無視した。妻の泣き言も、謝罪の言葉も、何も耳に入らなかった。
荷物を車に積み、ワイン二本とチーズを抱えて車に乗り込んだ。
その夜、国道沿いの駐車場に車を停め、ワインを飲みながら車中泊をした。
翌日の午前中、会社に出張報告書を提出し、面談用のICレコーダーを借用した。午後は半休を取り、四人面談の場所へ向かった。
妻は先に到着していた。日の光の下で見る妻は、髪はぼさぼさ、顔色は青白く、ひどく疲れ切っていた。風呂にも入っていない私も、似たり寄ったりのみすぼらしい姿だった。
妻はずっと謝罪を続けていたが、私はもう何も聞き入れられなかった。
やがて相手の夫婦が到着した。不倫相手の男は色黒で若作りの中年男性で、私よりは断然容姿が良かった。相手の奥様は気の強そうな狐顔の美人で、身につけている服やバッグはすべて高級品だった。
席に着き、双方が定型的な謝罪の挨拶を交わした。まずは不倫当事者の二人を別のカウンター席に移動させ、私と相手の奥様だけで話し合いを始めた。
双方の聞き取り内容を照らし合わせ、食い違う点を確認し、今後の対応を協議した。
「私たち夫婦はまだ最終的な決断をしていませんが、恐らく修復は不可能だと思います」
相手の奥様は淡々と答えた。「私たちは来年まで離婚を保留します」
年金や生活の問題があるのだろう。
「今後、内容証明にて奥様に慰謝料を請求いたします」
「私も、旦那様に慰謝料を請求させていただきます」
「書面にて、奥様の退職を要求させていただきます」
私は冷静に返答した。「妻の職については私からは何も言いません。お好きなように要求してください」
次に、私は不倫相手の男と一対一で面談した。男はいきなり土下座して謝罪した。連日謝罪ばかりの光景に、私はただ呆れ、頭を上げさせて事情を聞き取った。
その後、四人全員で最終面談を行い、不貞に至るまでの経緯を改めて確認した。途中から妻は激しく泣き崩れ、咽び泣くばかりで言葉が出なくなり、ほとんど不倫相手の男がすべて答えていた。
平日昼間のレストランで、私たちの重苦しい話し合いは、周りの客の注目を一身に集めていた。
約二時間後、四人面談は終了し、相手夫婦は退席した。
昨夜からチーズ以外何も食べていなかった私は、セットメニューを注文した。
妻は隣でずっと泣き続けていた。
「先に帰っても構いません。お疲れ様でした」
スパゲッティをすすりながら私が言うと、妻は震える声で言った。
「家に戻ってください。私が実家に戻って、家を空けます」
私は抑えきれない嫌悪感を覚え、口にした。
「あの家でも、二人は不貞を働いたんですよね?気持ち悪くて仕方がない」
その瞬間、胃が激しく痙攣し、私は噴水のように吐き戻した。テーブル一面に吐瀉物が広がり、周りの客や店員に多大な迷惑をかけてしまった。妻は間抜けな声を上げ、また泣き崩れた。
私は店員に必死に謝罪し、お釣りも受け取らず、逃げるように店を後にした。
妻を車に乗せ、自宅へ向かう道中、車内で最後の問答を続けた。
「結婚前からこの一年、あなたは好き勝手に不貞を働いてきた。最後くらい、私の好きにさせてください」
「最後って何?嫌です、別れたくない」
「なぜ私の気持ちを尊重してくれないのですか?」
「離婚だけは嫌です。それ以外は何でも言う通りにします」
「私は一生、この嫌悪感を抱えて生き続けろというのですか?」
妻はただ、ひたすら謝り続けた。
「ごめんなさい、許してください」
「私の心も体も、もう限界です」
自宅の前で妻を降ろし、私はすぐにクリーニング屋と弁護士事務所を回り、慰謝料請求の手続きを依頼した。面談の音声データは録音していたが、結局使用する機会はなかった。
その一週間、私は健康ランドに泊まったり、会社に寝泊まりしたり、定住する場所を失った生活を送った。
週末、義父に呼び出され、自宅で義父、妻、私の三者面談が行われた。義父は土下座して謝罪し、私も対抗して土下座した。
私ははっきりと「離婚の方向で考えています」と伝えた。妻は再び大泣きし、手がつけられない状態になったため、義父は妻を連れて実家に戻り、事態は一応収まった。
一人残された私は荷物をまとめ、不動産屋を回って新しいアパートを探し始めた。同日、私の実家の両親から電話が来た。一時間かけてすべての事情を説明し、淡々と聞く父を横目に、激怒する母をなだめるのに疲れ果てた。
翌週、私は過労で会社で倒れた。同僚の話では、まるで棒が倒れるようにばたりと崩れ落ち、コントのようだったという。
会社近くの病院で初めて点滴を受け、一日入院した。どこから情報が漏れたのか、妻が病院に現れ、また泣き続けた。
延々と続く妻の涙と謝罪に私は限界を迎え、「来るな」と怒鳴ってしまった。病院の看護師や患者に迷惑をかけ、情緒不安定な自分を恥じた。
車中泊と不定住生活が上司にバレ、一時的に社員寮に住むことになった。
不倫発覚の二週間後、事務的な手続きが進み始めた。
不倫相手の男から誓約書と慰謝料を受け取り、領収書を送付した。高めに請求したにもかかわらず、相手はあっさり応じた。
義父から、妻の慰謝料は実家が立て替えると連絡があった。私が請求した金額より低い額だった。
私はハードディスクに残っていた妻と子供の写真、動画をすべて焼き付けて妻に渡した。妻は私が写っている部分をすべて編集して削除していた。その執着が理解できず、自分でも自分の行動が分からなかった。
その後、毎週末に妻と面談を繰り返した。友人が同席する日もあれば、子供を連れてきて、ただ子供と遊んで終わる日もあった。一対一の面談では、毎回同じ質問と答えが繰り返された。
最初はひたすら泣いていた妻も、次第に黙り込むようになり、最終的に「あなたが離婚を望むなら、受け入れます」という言葉を引き出した。
現在、私たちは離婚協議中だ。
協議書に記載する内容は、親権は妻、私は月三万円の養育費を支払う。慰謝料と財産分与は相殺し、築一年半の自宅は妻の実家が買い取ることで決まった。妻の実家は裕福だ。
私は親権を争わなかった。かつて強気に出たものの、結局DNA鑑定も行っていない。子供は無邪気で可愛いが、妻の分身だと思うと複雑な葛藤が消えない。
養育費は払うが、今後子供には会わないつもりだ。一括払いで完全に縁を切ることも検討している。他の被害者の夫から見れば冷血かもしれないが、もう関わりたくない。
後日談として、不倫相手の男は突然転勤になった。
栄転か左遷かは不明だが、今回の不倫問題が遠因であることは間違いない。
妻は退職せず、実家から通勤している。私たちの新築の家は今は誰も住まず、査定待ちの状態だ。
私はアパートに引っ越し、車も売却した。二ヶ月半、慌ただしい日々が続いたが、振り返ればすべてが無駄な時間だった。
家の査定が終われば、正式にバツイチになる。
結局、私たちの七年間の結婚生活は、何の成果もない徒労に終わった。