離婚に向けて荷造りを進めていたその日、部屋には段ボールがいくつも積まれ、生活の痕跡だけが静かに消えていこうとしていた。私は黙々と衣類を畳み、過去を一つずつ箱に詰めていた。
その背中に、夫の苛立った声が飛ぶ。
「ねーちゃんが甥の弁当はどうするって」
私は手を止めなかった。視線も上げない。
すると、さらに声が荒くなる。
「耳がねーのかよ!」
その言葉に、私はようやく動きを止めた。そして静かに振り返る。
「もう他人なんだけど?」
部屋の空気が一瞬で変わった。
夫は言葉の意味を理解できていないように目を瞬かせた、その時だった。
――玄関のインターホンが鳴った。
私は何も言わず立ち上がり、ドアを開ける。そこには、すでに依頼していた引っ越し業者と、手に書類を持った第三者の姿があった。
「本日で退去手続きと確認に伺いました」
背後で夫の表情が固まる。
さらに私のスマホが震え、弁護士からの短い通知が届く。
“本日付で離婚協議書、最終確認済み”
私はそれを見せることもなく、淡々と荷物に手を伸ばした。
夫が何かを言いかけるが、もう言葉は届かない。
この部屋には、すでに“家族”ではなく“手続き”だけが残っていた。