卒業式前日の夕方、私は施設の記録を閉じて、ようやく息をついた。利用者の夕食介助や排泄対応、急変への対応で一日が終わる。握られる手に「ありがとう」と言われると、疲れも少し和らぐ。
私、佐子、34歳。専門学校卒業以来、介護の現場で働いてきた。祖父の介護で学んだ“支える技術”が原点だ。誰かの生活を守る仕事は尊いと信じている。
けれど、八歳下の妹・真名美は違った。両親に甘やかされ、わがままに育った。中学時代から、私が介護の話をすると笑った。「へえ、お姉ちゃん、知らない人のトイレの世話してるの?汚いから近づかないで」――私は反論できなかった。
真名美はセレブ志向で、個人病院の跡取り息子・大樹と婚約した。その病院は偶然、私の勤務先と関わりがあり、私は以前から大樹の相談に乗ってきた。大樹にとって、私は数え切れないほど励ました恩人だった。
結婚式の準備を整えた頃、真名美から電話が入った。「お姉ちゃん、介護職の貧乏人は来ないで」――耳を疑った。
私は声を低くして答えた。「了解。わかったわ」
式当日、母から電話が来た。「佐子、どういうこと?みんな待ってるのよ」私は正直に答えた。「真名美に“来るな”って言われたから行かない」
式場では異変が起きていた。スタッフが青ざめ、出席者が帰宅。真名美は大混乱。「なんでみんな帰ってるの?」と大声で叫ぶ。そこへ大樹が駆け込む。「真名美、お前が姉さんに“来るな”と言っただろ。俺の恩人を侮辱して欠席させるなんて許さない」
大樹の両親も現れた。「職員を馬鹿にする人間は、この家に入れない」と院長の父。母も頷いた。真名美は私に縋るように目を向けた。「お姉ちゃん、冗談だよね?」私ははっきり言った。「今さら謝っても遅い。自業自得よ。私は大樹さんの判断を尊重する」
婚約は解消となり、真名美は介護職で最低時給からの生活を始めた。数年後、大樹は穏やかな恋人を連れて再び現れた。「大樹の人柄が好き」と微笑む彼女を、私は心から祝福した。
今日も私は現場で働く。「あなたがいてくれて本当によかった」と言われるたび、誇りを踏みにじる者は、必ず自分の足元を崩すのだと確信する。