純白のドレスに袖を通し、鏡の前で姿勢を整えたそのとき、控室の扉が開いた。
振り向くと、タキシード姿ではない婚約者の伸夫と、その両親が立っていた。
違和感を覚えたまま目を向けると、伸夫が視線を逸らしながら低く言った。
「やっぱり無理だ。俺とお前が結婚するのは」
その直後、義母が口元に笑みを浮かべて言い放つ。
「中卒の嫁なんて恥ずかしいから破談で。キャンセル料も払いません」
私は息を呑み、伸夫を見つめた。
「認めてくれたって言ったよね?」
問いかけると、彼は肩をすくめ、ニヤリと笑う。
「式場は予約済みだったしさ。どうせキャンセル料かかるなら、夢くらい見させてやろうと思って」
さらに私の耳元に顔を寄せ、小さく囁いた。
「結婚は無理だけど、愛人なら続けてやるよ」
その瞬間、胸の奥で何かが静かに切れた。
涙が止まり、私は一歩引いて姿勢を正す。
「分かりました。破談で構いません」
私が静かに告げると、義母は鼻で笑った。
「やっと分かったのね中卒さん。キャンセル料はあなたが払うのよ」
その言葉が落ちた直後、控室の外から低い声が響いた。
「破談とは穏やかでないな」
全員が振り向くと、扉の前に叔父が立っていた。
ゆっくりと室内に入り、私と相手方を順に見渡す。
「入口で一部始終聞かせてもらったよ」
そう言って叔父は名刺を差し出した。
義父が受け取り、目を落とした瞬間、顔色が変わる。
「白鳥デザイン……社長、白鳥湊……?」
空気が一変した中、叔父は穏やかな声で続けた。
「では、私とも破談で。今後一切、御社とは契約しません」
義父が慌てて一歩踏み出す。
「な、何を……!」
叔父は視線を外さずに言い切った。
「中卒の姪を侮辱した会社と、取引を続ける理由がどこにありますか」
義父は言葉を失い、義母も口を閉ざす。
そこへ式場スタッフが一礼しながら告げた。
「控室には防犯カメラが設置されております。
発言はすべて記録されています」
沈黙が落ちたあと、状況は一気に決まった。
キャンセル料は新郎側が全額負担。
叔父はその場で契約打ち切りを宣言した。
一連のやり取りが終わり、私はゆっくりと息を吐く。
控室の鏡に映る自分を見つめ、背筋を伸ばした。
あの日、確かに傷ついた。
けれど同時に、自分を守ってくれる家族の存在を確かめた。
数日後、仕事帰りに夜空を見上げる。
小さく息を整え、心の中で呟く。
「お父さん、お母さん。私は大丈夫だよ」
瞬いた星を見つめながら、私は一歩前へ踏み出した。