焼き鳥を食べに行っただけなのに、入口の貼り紙で入店を断られた話
2026/06/08

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その夜、私は焼き鳥を食べに行くつもりだった。

仕事終わりの駅前は少し湿った空気に包まれていて、路地の奥から炭火の香りが漂ってくる。同僚から「あそこは焼き鳥だけは本当にうまい」と聞いていた私は、友人と一緒に店へ向かった。

ただ、その友人は車で来ていた。

だから酒は飲めない。

私は軽く一杯飲むつもりだったが、友人は焼き鳥と烏龍茶だけの予定だった。

ところが店の入口で二人同時に足が止まった。

白いボードに大きくこう書かれていたのだ。

「当店は呑み屋です」

さらにその下には、

「必ず全てのお客様にお酒のご注文をしていただきます」

と続いていた。

私は思わず二度見した。

全てのお客様。

つまり、運転する友人も例外ではない。

そして最後には、

「どうぞ他店へ行かれてください」

という強烈な一文まで書かれていた。

友人は苦笑いしながら言った。

「俺、入る前に戦力外通告されたんだけど」

私も笑ったが、正直少し引いた。

焼き鳥がおいしいと評判の店なのに、そこまで言う必要があるのだろうか。

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飲めない人だっている。

車の人もいる。

薬を飲んでいる人もいる。

事情は人それぞれだ。

そう思っていた時だった。

店の入口で若いグループが店主と話している声が聞こえてきた。

「焼き鳥だけ食べたいんですけど」

店主は落ち着いた声で答えた。

「申し訳ありません。うちは居酒屋なので」

「水だけじゃダメですか?」

「お受けしておりません」

「一杯だけ注文して飲まなきゃいいですよね?」

「お酒をご注文いただくお店です」

淡々としたやり取りだった。

怒鳴り合いでもなく、感情的でもない。

ただ店主は同じ説明を何度も繰り返していた。

その様子を見ているうちに、私は少しだけ考えが変わった。

たぶん、この店主は何度も同じことを経験してきたのだろう。

席数の少ない店で、炭を起こし、仕込みをし、酒と料理で店を回している。

そこへ「焼き鳥だけ食べたい」「水だけでいい」と言われ続ければ、経営として成り立たなくなる。

さらに看板には別の注意書きもあった。

「騒ぐ方、香水が強い方は店主判断で退店していただきます」

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そこまで書くということは、そこまでの客が実際にいたのだろう。

炭火と焼き鳥の香りを楽しむ店に、強い香水で来る人。

大声で騒ぐ人。

長時間居座る人。

店主の貼り紙は、客への攻撃ではなく、長年積み重なった疲労の結果なのかもしれない。

結局その日は別の店へ行った。

友人は焼き魚定食を頼み、私は瓶ビールを一本注文した。

乾杯しながら、さっきの貼り紙の話になった。

「水だけでいい、我慢するって言われてもな」

私が言うと、友人は笑った。

「店側が我慢できなくなったんだろ」

その一言で妙に納得した。

数日後、私は一人でその焼き鳥屋へ行った。

ちゃんと酒を注文した。

焼き鳥は評判通りうまかった。

店内は静かで、炭のはぜる音だけが聞こえる。

騒ぐ客もいない。

香水の匂いもしない。

店主は無愛想だったが、焼き台の前では真剣そのものだった。

私は焼き鳥を食べながら思った。

あの貼り紙は客を追い払うためではない。

店の空気を守るための壁なのだ。

もちろん言葉はかなり強い。

だが、入店してから揉めるより、最初からルールを示してくれる方が親切なのかもしれない。

「どうぞ他店へ行かれてください」

あの一文を思い出しながら、私は思わず笑った。

あれは注意書きではない。

店主が長年の経験から編み出した、最終防衛ラインだったのである。

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