
「私これだけなんで、先いいですか?」
夕方のスーパー。
レジは長蛇の列だった。
私はカゴを持って、
その列の真ん中くらいに並んでいた。
そのとき、後ろからニコニコした年配の女性が近づいてきた。
手にはヨーグルトが一つ。
「これだけなんで、先にレジいいですか?」
確かに少ない。
でも――
後ろを見ると、
まだ何人も並んでいる。
私が譲れば、
その人たち全員を飛ばすことになる。
だから私は普通に言った。
「すみません、並んでください。」
女性は一瞬固まった。
でも諦めなかった。
今度は私の前の男性に同じことを言った。
「これだけなんですけど、先いいですか?」
男性は少し迷った顔をして、
「ああ…いいですよ」と答えた。
その瞬間、
「やっぱり譲るべき?」
という空気が流れた。
そこで私は静かに言った。
「いいですよ。」
二人がこちらを見る。
私は続けた。
「その代わり、その方の代わりにあなたが最後尾に並び直してください。」
一瞬、空気が止まった。
男性は固まり、
女性の笑顔も消えた。
私は淡々と言った。
「その人を先にするなら、その順番をあなたが引き受けるってことですよね。」
後ろから声が上がる。
「確かに。」
「順番ですからね。」
「それが公平。」
列の空気が一気に変わった。
女性は周りを見て、
気まずそうに小さく言った。
「……じゃあ、並びます。」
そして静かに最後尾へ歩いていった。
後ろから誰かが笑いながら言った。
「それが一番早いよ。」
どうやら――
「これだけなんですけど」という必殺技は、
その日は通用しなかったらしい。