大学病院の中は、昔と変わらなかった。
消毒の匂い。
白い天井。
全部、記憶を引き戻してくる。
ここは、俺が一度逃げた場所だった。
受付で診察券を出した時、後ろから声がした。
「……久しぶり」
振り返ると、元カノだった。
看護師の制服。
少しも変わっていない顔。
でも目だけは違った。
見下すような目だった。
そして、そのまま言った。
「中退したんだよね?医学部w」
一瞬、言葉が出なかった。
続けて言われる。
「高卒でしょ?今なにしてるの?」
周りの空気が少しだけ止まった。
でもすぐ戻る。
誰も関わらない。
それが余計にきつかった。
正直、図星だった。
俺は逃げた。
途中でやめた。
だから何も言えなかった。
「努力した人だけがここにいられるんだよ?」
その言葉で、完全に黙った。
その時だった。
後ろから声がした。
「教授、時間です」
空気が変わった。
一瞬で。
元カノが固まる。
「……え?」
俺も同じだった。
振り返ると、白衣の女性。
そして、そのまま自然に道が空く。
周りの人間の反応が違った。
誰も疑っていない。
それが一番リアルだった。
元カノが言う。
「教授って……どういうこと?」
俺は少しだけ間を置いた。
そして言った。
「中退したのは事実だ」
元カノの顔が少し変わる。
「でも、そのあと終わってない」
ゆっくり続けた。
「現場で働きながら、研究続けた」
夜は論文。
休みは勉強。
誰にも見られない場所で、ずっとやってた。
「医者じゃない。でも医療に戻る方法はある」
それだけ言った。
元カノは何も言えなかった。
さっきまでの余裕は消えてた。
俺は最後に言った。
「見下してもいいけど、全部見てからにしろ」
そして視線を外した。
白衣の女性が言う。
「時間です」
俺はそのまま歩き出した。
後ろは見なかった。
もう必要なかった。
ここは逃げた場所だった。
でも今は違う。
同じ場所に、違う形で立っている。
それだけで十分だった。