工場の門の前で、私は少し早く待っていた。
妹がどんな場所で働いているのか、
一度見ておきたかったからだ。
しばらくして、車椅子の音が聞こえた。
妹だった。
少しぎこちない動き。
でも、顔は笑っていた。
「お兄ちゃん、今日ね——」
その言葉が途中で止まった。
出入口から男が出てきた。
腕を組んで、見下すような目。
そして、平然と言った。
「正直さ、お前役立たずなんだよw」
空気が止まった。
「現場は戦場なんだよ。無能は帰れ」
妹は何も言えなかった。
ただ、視線を落として、
小さく言った。
「……すみません」
その声が、あまりにも弱くて。
次の瞬間、涙が落ちた。
その涙を見た瞬間、全部切れた。
私は一歩前に出た。
「今なんて言った?」
男は笑った。
「事実だろ」
その時、私はスマホを取り出した。
そして、その場で電話をかけた。
「○○工業の工場長ですね」
相手が出た瞬間、淡々と伝えた。
「今、現場で障がい者社員に対して“役立たず”“無能”という発言がありました」
空気が変わった。
男の顔が一瞬で変わる。
私は続けた。
「記録も取っています。監査対象になります」
その一言で、完全に流れが変わった。
周りの作業員たちも、距離を取った。
男は言い返そうとした。
でも声が出ない。
数秒後、奥から声が飛んできた。
「黒田主任、すぐ事務所へ!」
男は何も言えず、そのまま戻っていった。
静かになった。
誰も何も言わない。
妹が、私の袖をつかんだ。
震えていた。
「……ごめん」
私はしゃがんで、目を合わせた。
「謝る必要ない」
妹は泣きながら首を振った。
「迷惑かけたくなくて……」
その言葉で分かった。
ずっと、こうやって耐えてきたんだと。
私ははっきり言った。
「君は間違ってない」
妹は少しだけ顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃのまま、笑った。
「……お寿司、行こう」
その一言で、空気が変わった。
駅前の寿司屋。
妹はメニューを見ながら、少し悩んでから言った。
「おすすめで」
その声は、さっきと全然違った。
ちゃんと、自分で選んでいた。
一貫ずつ運ばれてくる寿司を見ながら、思った。
妹は弱くなんてない。
ただ、ずっと我慢してただけだ。
そして今日、初めてそれを壊した。
そのきっかけが、たった一言だったとしても。
もう、戻らない。
あの涙は、終わりじゃない。
始まりだった。