「父の葬儀中に、姑から“早く帰って犬の散歩しなさい!”ってスピーカーで怒鳴られたんだけど」
父の葬儀は、静かな斎場で行われていた。
私は喪主として、ただ機械みたいに頭を下げ続けていた。
その最中、バッグの中でスマホが震えた。
姑だった。
一度切っても、また鳴る。
また切っても、さらに鳴る。
さすがにまずいと思って、控室の隅で電話を取った。
でもその時、指が震えていて、
間違えてスピーカーにしてしまった。
次の瞬間だった。
「今日美容室って言ったでしょ!早く帰って犬の散歩行きなさい!」
声が、会場に響いた。
線香の匂いの中で、
場違いな怒鳴り声だけが浮いた。
親族の視線が一斉にこっちに向く。
私は何も言えなかった。
そのまま固まっていた。
すると隣にいた義父が、ゆっくり立ち上がった。
手が震えていた。
でも、止まらなかった。
「……やめろ」
低い声だった。
姑が笑う。
「何?また変な正義感?黙ってなさいよ」
でも義父は動かなかった。
一歩前に出て、言った。
「今日は父上の葬儀だ」
震えているのに、不思議とまっすぐな声だった。
「お前の美容室でも、犬でもない」
空気が変わった。
姑が言い返そうとした。
その前に、義父が続けた。
「ずっと黙ってきた」
その一言で、全部伝わった。
「家でも、外でも。俺も、息子も、嫁さんも」
私は息を止めた。
そういうことだったのかと、初めて分かった。
義父は私のスマホを受け取って、はっきり言った。
「犬が大事なら、自分でやれ」
そして続けた。
「嫁さんは今、父を送っている。邪魔をするな」
少しの沈黙。
そのあと、さらに一言。
「もう、命令するな」
そのまま通話を切った。
会場が静まり返った。
誰も何も言わなかった。
私はその場で立ち尽くしていた。
義父は小さく息を吐いて、私にだけ聞こえる声で言った。
「……すまなかった」
私は首を振った。
言葉は出なかった。
ただ一つだけ、はっきり分かった。
長い間続いていたものが、
あの瞬間で切れたんだということだけ。