先月、
東京行きの新幹線で小さな騒動を見た。
私は通路側の指定席に座り、
パソコンを開いて仕事をしていた。
その時、
斜め前で誰かが立ち止まった。
見ると、
就活中らしい若い女性だった。
黒いリクルートスーツ。
少し疲れた顔。
片手には大きなトートバッグ。
そして何度も、
切符と座席番号を見比べている。
最初は、
自分の席が分からないのかなと思った。
でも違った。
理由はすぐ分かった。
その指定席に、
知らないおじさんが座っていたからだ。
おじさんは五十代くらい。
腕を組み、
完全にくつろいでいる。
女性は何度か深呼吸したあと、
小さな声で言った。
「すみません…」
でもおじさんは反応しない。
女性はもう一度、
少しだけ大きな声で言った。
「その席、
私の指定席なんですが…」
するとおじさんは、
露骨に嫌そうな顔をした。
「はぁ?」
そして面倒くさそうに言う。
「自由席満席だったから、
こっち来ただけ。」
車内の空気が少し変わった。
周りの人たちも、
なんとなく事情を察し始める。
でも誰も口を出さない。
女性は勇気を振り絞るように、
もう一度言った。
「でも、
こちら指定席なので…」
するとおじさんは、
急にイライラした声を出した。
「うるせーんだよ!」
車内が一瞬静まる。
おじさんは続けた。
「若いなら立ってろ。」
「それとも俺の膝に乗るか?」
その瞬間、
空気が完全に凍った。
近くにいたおばあさんが、
思わず顔をしかめる。
でも女性は、
そこで黙らなかった。
正直、
私は少し驚いた。
普通なら、
怖くて車掌を呼びに行くか、
泣き寝入りする人もいると思う。
でも彼女は違った。
「分かりました。」
そう言って、
静かにチケットを見せた。
そして、
落ち着いた声で言った。
「この席は、
私がお金を払って購入しています。」
「もし移動していただけないなら、
不正占有として通報しますが、
それでもよろしいですか?」
その瞬間だった。
おじさんの顔色が変わった。
さっきまで偉そうだったのに、
急に言葉に詰まる。
しかもちょうどそのタイミングで、
車掌が来た。
「どうされましたか?」
女性が事情を説明する。
おじさんは明らかに焦っていた。
「いや、
ちょっと座ってただけで…」
でも車掌は淡々と言った。
「こちらは指定席ですので、
指定券をお持ちでない場合は
ご移動お願いします。」
おじさんは舌打ちした。
そして周囲を睨みながら、
荷物を持って立ち上がる。
そのまま別の車両へ消えていった。
車内の空気が、
一気に緩んだ。
女性はようやく席に座る。
そして周りへ小さく頭を下げた。
「お騒がせしてすみません…」
すると隣のおばあさんが、
優しく笑った。
「あなた、
法律の勉強してるの?」
女性は少し照れながら答える。
「いえ…
ただ、
あまりに腹が立ったので。」
その瞬間、
車内に小さな笑いが起きた。
私も思わず笑ってしまった。
その後、
新幹線は何事もなかったように走り続けた。
でも、
あの場にいた全員が思ったはずだ。
席って、
声の大きい人のものじゃない。
威圧した人のものでもない。
ちゃんと払った人のものだ。
そして、
理不尽に対して冷静に言葉を返せる人間は、
思っている以上に強い。