離婚して23年。元夫・英治の訃報を聞いた私は、急いで葬儀場へ向かった。
祭壇の前で喪主を務める若い青年の顔を見た瞬間、私は足を止めた。
青年は近づき、静かに頭を下げた。
「はじめまして。喪主の藤井太一です。藤井愛子さん…ですよね」
その顔は、あまりにも見覚えがあった。
私は藤井愛子、54歳。
かつて父が経営する建設会社で働いていた。母を早くに亡くし、父だけが家族だった。
父は「会社はいつかお前に任せたい」と言い、私は後継ぎになるつもりで働いていた。
その頃、社員として入ってきたのが英治だった。
明るく人懐こい彼に惹かれ、私たちは結婚した。英治は婿養子となり、父にも可愛がられた。
だが妊娠を告げた日から、英治は変わった。
冷たくなり、深夜までスマホを離さず、私に怒鳴るようになった。
そんな中、父が階段から転落し亡くなった。
さらに遺言書には、会社の後継者は英治と記されていた。
私は父の意思だと思い、会社を任せた。
社長になった英治は別人のようだった。
帰宅は遅くなり、秘書の志穂の名ばかり口にした。
やがて出産の日。
私は確かに赤ん坊の泣き声を聞いた。
だが目を覚ますと、英治が言った。
「赤ちゃんは死んだ。心臓に異常があったらしい」
呆然とする私に、さらに離婚届を突きつけた。
「不倫した女とは暮らせない」
こうして私は、子どもも会社も家族も失った。
それから23年。
葬儀の後、太一は私を喫茶店へ連れて行き、静かに言った。
「あなたに伝えたいことがあります。僕は…あなたの息子です」
私は息を呑んだ。
太一は続けた。
「志穂が僕を育てました。あなたの赤ちゃんは死んでいません。英治と志穂が、あなたから奪ったんです」
さらに父の転落事故も、遺言書も、すべて英治が仕組んだことだと告げた。
英治は死の直前、すべてを太一に話したという。
震える私を見つめ、太一は優しく笑った。
「ずっと会いたかった。……お母さん」
その一言で、私は崩れ落ちた。
失われた23年は戻らない。
それでも私は、ようやく息子を抱きしめることができた。