
電話が来たのは、
歯医者に出る直前だった。
「もしもし、今大丈夫?」
義兄嫁の声は、
明らかに焦っていた。
「コストコ帰りなんだけど、渋滞で動かなくて…」
「幼稚園の迎え、代わってもらえない?」
正直、一瞬だけ考えた。
でも、
時間はもうギリギリだった。
私はそのまま答えた。
「今から歯医者なので、無理です」
間があった。
ほんの数秒。
「……そう」
それだけ言って、電話は切れた。
その時は、
それで終わったと思っていた。
——でも違った。
帰宅したのは、
数時間後。
家の近くの公園に、
見覚えのある二人の姿があった。
義兄嫁と、
姪だった。
ベンチに座って、
こちらを見ていた。
嫌な予感しかしなかった。
近づくと、
義兄嫁が立ち上がった。
そして、感情を抑えた声で言った。
「娘、ずっと泣いてたんです」
それだけだった。
責めるでもなく、
でも明らかに責めている言い方。
私は一瞬だけ黙った。
でも、すぐに思った。
——それ、私の責任?
「迎えが遅れたのは、大変でしたね」
まずそう言った。
でも、そのまま続けた。
「ただ、私は最初から無理だとお伝えしてます」
義兄嫁の表情が、
少しだけ強張った。
「でも、あのまま放っておくしかなかったんですか?」
来た。
完全にこちらに寄せてくる流れ。
私はため息をつきそうになったのを、
ぐっと抑えた。
そして、静かに言った。
「それを言うなら、コストコに行くタイミングの問題ですよね」
一瞬、空気が止まった。
「……え?」
義兄嫁が固まる。
私はそのまま続けた。
「迎えの時間が決まっているのに、遠出していたのはご自身ですよね」
「渋滞も含めて、想定できたと思います」
さっきまでの勢いが、
完全に止まった。
言い返せなくなっていた。
私はさらに一言だけ足した。
「次からは、ご家族に頼まれた方が確実だと思います」
その一言で、
完全に空気が変わった。
義兄嫁の目に、
うっすら涙が浮かぶ。
「……もういいです」
小さな声だった。
「もう頼みませんから」
そのまま姪の手を引いて、
帰っていった。
後日、
義兄から夫に連絡が入った。
話はすでに共有されていた。
そして、義兄嫁からも電話が来た。
「この前はすみませんでした」
棒読みだった。
でも、そのあとに続いた言葉で、
本音が出た。
「主人が仕事中なのに、こんなことで迷惑かけてしまって…」
どこか、
私を責めるニュアンスが混ざっていた。
私は間を置いて、言った。
「次からは、義両親にお願いされた方がいいですね」
「その方が、確実ですし」
少し沈黙があって、
そのあと、
泣き声が聞こえた。
「もう頼まないです…」
「コストコなんて、もう行かない…」
そのまま電話は切れた。
正直、
スッキリしたかと言われると微妙だった。
でも——
あの時、引かなくてよかったと思う。
一度でも引けば、
きっとまた同じことが起きる。
そして思った。
「困ってる」ことと、
「押し付けていい」ことは、
まったく別の話だと思う。