私の名前は高木佐子。夫とは30年間連れ添ってきた。
私は結婚してからずっと夫を支え、義母の介護も一人で引き受けてきた。義母の体調が悪化した時には仕事も辞め、毎日付きっきりで世話をしていた。
大変だった。それでも家族として一緒に生きていけるなら、それで幸せだと思っていた。
だが、ある日。夫が突然、冷たい声で言った。
「愛人が妊娠した。離婚してくれ」
私は一瞬、頭が真っ白になった。30年積み重ねてきたものが、一言で崩れ落ちた気がした。
しかし不思議と涙は出なかった。
夫は気まずそうに視線を逸らしながら続ける。
「お前を愛してないわけじゃない。でも、彼女が妊娠した以上どうしようもないんだ」
私はその言葉を聞きながら、ただ冷めた気持ちになっていた。
私は30年、何だったのだろう。義母の介護も、家のことも、全部一人でやってきた。
なのに夫は、別の女を選んだ。
私は静かに答えた。
「いいわよ」
あまりにもあっさりした返事だったのだろう。
夫は驚いた顔で私を見た。
きっと泣き叫ぶと思っていたのだ。
夫は戸惑いながら聞いてくる。
「……本当にいいのか?」
私はため息をつきながら頷いた。
「もちろん」
そして、淡々と続ける。
「でも、お義母さんの介護はあなたが頑張ってね」
その瞬間、夫の顔色が変わった。
「は?お前が続けろよ。俺には無理だし、彼女にもやらせるつもりはない」
私はその言葉に呆れた。
今まで全部私に押し付けておいて、離婚後まで介護をさせるつもりなのか。
私は冷たく言い返した。
「あなたがやればいいじゃない。私はもう無理よ」
夫は言葉を失った。
私はさらに問いかける。
「それに、その愛人はどうするの?」
夫は目を見開いた。だが何も答えられない。
顔を青くしたまま黙っている。
私はそんな夫を見ながら、心が完全に冷え切っていることに気づいた。
愛情も怒りも悲しみも、もう何も残っていなかった。
しばらく沈黙が流れる。夫は何か言いたそうにしていたが、結局何も言えなかった。
その時、私ははっきり決めた。
もうこの人と生きる必要はない。義母の介護も、もう私の役目ではない。
私はこれから、自分の人生を生きる。
過去の苦しみも裏切りも全部終わりにして、私は新しい一歩を踏み出した。