小学1年生のある日、授業中に担任の先生から「ちょっと保健室に来てくれる?」と声をかけられた。
私は何か失敗したのだろうかと不安になりながら、先生の後ろを歩いた。
保健室には養護の先生もいた。
二人とも優しく笑っていたが、どこか様子が違った。
担任の先生は椅子に座らせると、静かに聞いた。
「最後にお風呂に入ったのはいつ?」
私は不思議に思いながら答えた。
「昨日です」
すると先生はさらに尋ねた。
「いつもお風呂には入ってる?」
「毎日です」
私は当然のように答えた。
だが先生は私の頭にそっと手を伸ばし、髪をかき分けた。
その瞬間だった。
先生の表情がわずかに曇った。
「あー……こびりついてるね」
隣にいた養護の先生も顔を見合わせた。
後になって知ったことだが、私の頭皮には皮脂や汚れが固まり、髪もべたついていたらしい。
母は毎日「髪を洗ったよ」と言っていた。
けれど実際には、水で濡らしていただけだった。
シャンプーもなければ、しっかりすすぐこともない。
ドライヤーで乾かした記憶もなかった。
でも当時の私は、それが普通だと思っていた。
他の家も同じだと思っていた。
だから先生たちが驚いている理由が分からなかった。
そんな私に、養護の先生は温かいタオルを持ってきてくれた。
そして優しく言った。
「あなたが悪いんじゃないよ」
その言葉を聞いた瞬間、なぜか涙があふれた。
怒られたわけでもない。
責められたわけでもない。
それなのに涙が止まらなかった。
今振り返ると、あの時初めて誰かが私の異変に気づいてくれたのだと思う。
家では当たり前だったこと。
誰にも相談できなかったこと。
それを「おかしい」と教えてくれた大人がいた。
あの日の保健室で私は初めて知った。
子どもは、自分の育った環境しか知らない。
だからこそ、本当に救いになるのは叱ることではなく、「あなたは悪くない」と言ってくれる大人の存在なのだと。