
「離婚して半年、元旦那の親戚の葬式で“タッパー返して”と言ったら、笑われた。」
「100均でしょ?」
「そんなの催促するなんて、生活苦しいのねぇ」
その場で、そう言われた。
でも——
私は、その場でフタをひっくり返した。
フタをひっくり返した瞬間、
その場の空気が止まった。
裏側にある文字。
うっすらと残った、自分の名前。
そして角の小さな欠け。
間違えるわけがなかった。
「……あれ?」
誰かの小さな声が漏れる。
視線が一斉に集まる。
元義母の顔が、ぴたりと固まった。
私は指で、その文字をなぞった。
「これ、私のなんですけど」
静かに言った。
声は大きくなかった。
でも、その場にははっきり届いた。
「それに、この傷」
角を指差す。
「前に落として、できたものなんです」
周りがざわつく。
「え、じゃあ…」
「貸してたやつ?」
小さな声が重なる。
元義母は何か言おうとした。
でも、言葉が出てこない。
さっきまでの余裕は、完全に消えていた。
私はそのまま続けた。
「前にお貸ししたものです」
「返ってきてなかったので、お願いしただけです」
誰も何も言わない。
さっきまで笑っていた空気が、
嘘みたいに消えていた。
私は一度だけ、元義母を見た。
そして、
タッパーをそのまま差し出した。
「“安物”なんですよね?」
一拍置く。
「でも、私のなので。返してもらっていいですか?」
完全に沈黙だった。
元義母は、口を開いたまま動かない。
周りの視線が、全部向いている。
逃げ場はなかった。
数秒の間。
そのあと、
小さく手が伸びてきた。
タッパーを受け取る。
何も言わない。
言えない、という顔だった。
私はそれ以上何も言わなかった。
軽く頭を下げて、
一歩下がる。
それで終わりだった。
そのまま会場を出た。
外の空気が、少し冷たかった。
でも、
胸の中は不思議と軽かった。
バッグの中には、
取り返したタッパー。
もう、
あの人たちに気を遣う必要もない。
スマホが震えた。
元旦那からのメッセージ。
「母さんに何した?」
短い一文。
私は画面を見て、
少しだけ笑った。
返信はしなかった。
通知を消して、
ポケットにしまう。
「……そっちこそ、見てなかったよね」
小さく呟いた。
そのまま歩き出した。
もう、
振り返る理由はなかった。