娘の誕生日に、少し奮発してブラウスを買った。
私が気に入って買ったブランドの色違いで、娘も一目見た瞬間から目を輝かせていた。
普段は服を脱ぎっぱなしにすることもある娘が、そのブラウスだけは違った。
着たあとは自分できちんと畳み、タンスの中にそっとしまう。
子どもなりに、本当に大切にしているのが分かった。
ところがある日。
娘が見慣れない服を着て帰ってきた。
目は真っ赤だった。
「その服、どうしたの?」
そう聞くと、娘はぽろぽろ泣きながら話し始めた。
友達のAちゃんに、
「服を交換して着せ替え遊びしよう」
と言われたらしい。
娘は最初、遊びのつもりで応じた。
Aちゃんは娘のブラウスを着て、
「お姫様みたい」
と上機嫌だったという。
でも娘はすぐに嫌になり、
「返して」
と何度も言った。
それでもAちゃんは返してくれなかった。
Aちゃんの母親もその場にいない。
どうすることもできず、娘はAちゃんの服を着たまま帰ってきたのだ。
私はすぐ娘を連れてAちゃんの家へ向かった。
しかし誰も出ない。
電話をしても出ない。
娘はずっと泣いていた。
「大丈夫。明日には返してもらえるよ」
私はそう言ってなだめた。
家に戻ると、Aちゃんの服を洗濯し、乾燥機にかけ、すぐ返せるように紙袋へ入れた。
相手もきっと、帰宅したら慌てて返しに来る。
その時はまだ、そう思っていた。
だが、その日は連絡も訪問もなかった。
翌日、Aママに電話した。
事情を説明し、
「Aちゃんの服を返しに行きたいので、娘のブラウスも返してもらえますか?」
と伝えた。
するとAママは、まるで不思議そうに言った。
「え?あれは二人で交換したって聞いたわよ」
私は耳を疑った。
「娘は本当に交換するつもりはありませんでした。その場だけの遊びだったみたいです。返していただけますか?」
できるだけ冷静に、下手に出て話した。
しかしAママは、
「えー」
「そう……」
「うーん」
とはっきりしない返事ばかり。
そして最後に、信じられないことを言った。
「ごめんなさい。あの服、醤油つけちゃって捨てたの」
「昨日ゴミの日だったから出しちゃって」
「交換して、うちの物になったからいいかなって」
私は一瞬、頭が真っ白になった。
娘の誕生日プレゼントだった。
娘が本当に大切にしていた服だった。
それを勝手に持って行かれ、汚され、捨てられた。
しかも悪びれた様子もない。
「弁償するから!」
Aママは勢いよくそう言った。
しかし後日持ってきたのは、同じブランドでも別ラインの、値段もまったく違うキャミソールだった。
色が似ているだけ。
デザインも違う。
売り場も違う。
私は説明した。
「これではありません。娘のブラウスは別ラインの商品です」
するとAママは急に怒り出した。
「どっちでも一緒じゃない!」
「良い方をねだる気なの?」
「信じられない!」
そして持ってきた紙袋を引っつかみ、帰っていった。
その後も電話では、
「探すから待って」
「親が揉めると子どもにも関係するよ」
と、暗に娘が仲間外れにされるようなことまで匂わせてきた。
私は怖くなった。
娘の友達関係を壊したくない。
でも、このまま黙っていたら、娘は泣き寝入りを覚えてしまう。
悩んだ末、同じグループのBさんに相談した。
すると、話は思わぬ方向へ転がった。
Bさんの口から、A娘ちゃんの別の話が出てきたのだ。
他の家へ行っては、
「ジュースないの?」
「お菓子ちょうだい」
と要求する。
人の家で出された物を比べ、
「おばちゃんの家は貧乏なんだね」
と大人を鼻で笑う。
さらにCさんの家では、おばあちゃん手作りの編みぐるみを持ち帰ったこともあった。
C娘ちゃんは泣きながら、
「あげたんじゃない。そう言えってAちゃんに言われた」
と話したという。
私はそこで初めて分かった。
これは今回だけの話ではなかった。
A母娘は、いろいろな家で同じようなことをしていたのだ。
Bさんはすぐに協力してくれた。
そしてBさんの家で、Aママと話し合うことになった。
Aママは最初、私がいるのを見て驚いた顔をした。
Bさんが冷静に切り出した。
「今日はブラウスの件で話があります」
こちらが商品の値段を伝えると、Aママの顔色が変わった。
「は?こんなにするの?ありえないんだけど」
Aママが調べたと言っていたのは、別ラインの中古品や型落ち品ばかりだった。
「中古でいいでしょう?汚した時点で中古なんだから」
その言葉にBさんも呆れていた。
私が、
「もうお金で弁償してください」
と言うと、Aママは今度は泣き落としに入った。
「そんなに出せない」
「生活が苦しい」
「A娘の新しい服も買えない」
「娘同士も友達でしょう?」
床に這いつくばるように泣きながら、こちらの罪悪感を揺さぶってきた。
でもBさんがきっぱり言った。
「そういう言い方は脅しです。会話を録音していますから、警察へ行ってもいいんですよ」
実際には録音していなかったらしい。
でもその一言でAママは一気に取り乱した。
「あああああ、もう払えばいいんでしょう!」
「あんたのせいだからね!」
「ほんとケチくさい!」
結局、全額ではなかったが、お金は返ってきた。
その後、Aママの夫が念書と残りのお金、謝罪の品を持って来た。
夫の対応はまともだった。
ただ、問題はそこで終わらなかった。
話は水面下で広がっていた。
A娘ちゃんが他の家でも似たようなことをしていたこと。
Aママが奇声を上げていたこと。
A母娘に対して、周囲の親たちは一気に警戒するようになった。
その結果、A娘ちゃんは自然と友達グループから距離を置かれるようになった。
Aママは今度は、
「うちの子をいじめないで!」
と他の家を回るようになった。
私は正直、複雑だった。
A娘ちゃんのしたことは許せない。
でも、子ども同士の孤立を見るのは胸が痛い。
ただ、一つだけはっきりしている。
大人が子どもの過ちを正さず、むしろ隠し、開き直り、相手を脅せば、その結果を背負うのは子どもだ。
娘にはきちんと話そうと思った。
嫌なことをされたら、黙って我慢しなくていい。
でも、相手を必要以上に傷つける必要もない。
大切なのは、距離を取ること。
自分を守ること。
そして、間違ったことを「小さいこと」で片付けないこと。
ブラウス一枚の話ではなかった。
娘が大切にしていた気持ちを踏みにじられた話だった。
だから私は、泣き寝入りしなくてよかったと思っている。