私は秋田恵子、五十六歳の主婦だ。夫の正夫と九十歳の義父と三人で暮らしている。五年前、義父が転倒してから同居が始まり、私はずっと介護を続けてきた。義父は頑固で気難しいが、毎月三万円を「世話代」として渡してくれる。夫の正夫も「いつもありがとう」と私を気遣ってくれていた。
ところがある日、正夫は私の妹・恵を連れて帰宅し、突然土下座した。
「恵ちゃんを妊娠させた。離婚してくれ」
恵は俯き、お腹をさすっている。私は静かに離婚届を差し出した。正夫は喜んで受け取ったが、すぐに言った。
「でも親父の介護は続けてくれよ」
思わず呆れた。離婚すれば義父は他人だ。それでも二人は当然のように私に押し付けようとする。
実は私は、恵の秘密を知っていた。彼女は九十歳の資産家と結婚しており、遺産を狙っているのだ。正夫はそれを知らず、恵の言葉を信じていた。
やがてその老人が亡くなった。恵と正夫は大金を手に入れたと喜んだが、実際は十億円の借金という「負の遺産」だった。
さらに恵のお腹の子も正夫の子ではなく、若いホストの子だった。
真実を知った正夫は恵と激しく争い、二人は破滅していった。
離婚後、私は両親と静かに暮らしている。ある日、親戚が恵の子を連れて遊びに来た。両親はよちよち歩きの赤ちゃんを追いかけながら楽しそうに笑っている。
人生は思い通りにならない。
それでも、誠実に生きる人のところには、穏やかな時間が戻ってくるのだと思った。