二人目の妊娠が分かった日、私は喜びより先に、言葉を失った。
検査薬の線ははっきり出ていた。病院でも妊娠は確定。けれど、私にも夫にも、どうしても身に覚えがなかった。
もちろん、私は浮気などしていない。夫以外の男性と関係を持ったことなど一度もない。だから私は、夫に何度も訴えた。
「絶対に浮気なんてしてない。夫としか有り得ない」
しかし夫の表情は固いままだった。
「俺の子じゃなかったら愛せない」
その言葉に、胸を刺されたような痛みが走った。
さらに夫は続けた。
「たとえ俺の子だったとしても、正直、今は実感がわかない」
私はその場で何も言えなくなった。
疑われたことよりも、これから生まれてくる命を前にして、夫が最初に口にしたのが“愛せるかどうか”だったことが、何より苦しかった。
それから家の空気は一変した。夫は私を責めるわけではない。だが、目を合わせなくなった。上の子が無邪気に「赤ちゃんいるの?」と聞くたび、私は笑顔を作るのに必死だった。
このままでは家族が壊れる。そう思った私は、病院で医師に相談した。すると医師は、妊娠時期のズレや排卵の遅れ、心当たりが曖昧になるケースもあると、落ち着いて説明してくれた。
そして後日、夫婦で改めて話し合うことになった。
私は夫に言った。
「疑うなら、ちゃんと確認しよう。でも確認する前から、この子を否定する言葉だけは言わないで」
夫は黙っていた。しばらくして、深く頭を下げた。
「ごめん。怖かったんだ。自分が信じられなくなって、君まで傷つけた」
その後、必要な検査と説明を受け、夫は少しずつ態度を変えていった。お腹に手を当てることも増え、上の子と一緒に名前を考えるようにもなった。
あの日の言葉は、簡単には忘れられない。
けれど私は思う。
夫婦に必要なのは、疑わないことではない。疑いが生まれた時に、相手を傷つける前に、事実と向き合う覚悟なのだと。