仕事帰りに近所のスーパーへ買い物に行った。
店内を歩いていると、一人のおばあさんが棚の商品を手に取り、周りを何度も見回したあと、そっとバッグの中へ入れるのが目に入った。
「あっ……。」
万引きだ、とすぐに分かった。
店員を呼ぶべきか迷ったけれど、大事にしたくはなかった。
私はおばあさんのそばまで歩いて行き、小さな声で一言だけ伝えた。
「やめとき。」
おばあさんは驚いたように私の顔を見つめ、そのまま数秒間固まっていた。
やがてゆっくりバッグから商品を取り出し、何も言わず売り場へ戻した。
それを見届けた私は、「これで終わった」と思い、そのまま自分の買い物を済ませて店を出た。
ところが、出口を出たところで店員なのか私服の警備員なのか分からない男性に呼び止められた。
「少しいいですか。」
私は立ち止まった。
男性は最初にこう聞いた。
「さっきのお年寄り、お知り合いですか?」
「いえ、まったく知らない人です。」
そう答えると、男性は少しため息をついて言った。
「じゃあ、どうして万引きを止めたんですか?」
私は意味が分からず、
「いや……万引きしようとしてたので。」
と答えた。
すると男性は真顔でこう言った。
「今日あなたが止めても、あの人はまた別の日にやりますよ。」
「こちらにはこちらのやり方があります。」
「途中で声を掛けられると、こちらも対応しづらくなるんです。」
そして最後に、
「あなたの行動は、お店のためにも、お年寄り本人のためにもなっていません。」
「ただの自己満足ですよ。」
そう言われた。
何も言い返せなかった。
腹は立った。
でも同時に、「図星なのかもしれない」とも思った。
私は別に店のためを思って声を掛けたわけじゃない。
おばあさんを更生させようなんて考えていたわけでもない。
ただ、その場で見過ごせなかった。
だから声を掛けただけだった。
それが自己満足と言われれば、そうなのかもしれない。
それでも、目の前で万引きを見て何も言わず通り過ぎることも、私にはできなかった。
今でもあの店員の言葉は忘れられない。
でも一つだけ確かなのは、もうあのスーパーへ行くことはないということだ。