俺は在宅フリーランスのウェブディレクターだ。
普段は家で仕事をしているが、気分転換も兼ねて、ときどき高級ヴィラを借りてワーケーションをしている。
その日も一泊二十五万円のヴィラで仕事を終え、チェックアウトして帰宅した。
それから一か月後。
高校時代の同級生、吉明から突然電話が来た。
「明、久しぶり。お前の家、三十日間使わせてもらってたわ」
一瞬、意味が分からなかった。
「僕、家なんて持ってないけど」
「またまた。海沿いのめちゃくちゃ高級な家だよ。お前が出てくるの見たんだよ」
そこで俺はすべてを理解した。
「あそこ、僕の家じゃないよ。一泊二十五万円の高級ヴィラだよ」
電話の向こうが凍りついた。
吉明たちは、俺がチェックアウトした直後、清掃スタッフの隙を見て中へ入り込んだらしい。
しかも一日や二日ではない。
三十日間、勝手に住み続けたのだ。
冷蔵庫の高級食材を食べ、ワインセラーのワインを飲み、部屋を散らかし放題にしていた。
吉明は慌ててネットで調べたらしく、すぐに叫んだ。
「一泊二十五万……三十日で七百五十万!?無理だろ!」
俺は冷たく言った。
「無理かどうかは、君たちが決めることじゃない」
吉明は昔からそうだった。
高校時代も、俺のゲーム機を勝手に持ち帰った。
自転車も無断で一週間使った。
そのたびに「借りただけ」と笑っていた。
だが、もう学生ではない。
俺はすぐにヴィラの管理会社へ連絡した。
吉明一家は逃げようとしたが、駆けつけた管理スタッフに玄関で止められた。
「こちらの施設に無断で滞在されていた方ですね」
吉明は必死に言い訳した。
「友達の家だと思ったんです!宿泊契約はしてません!だから宿泊費は払う必要ないですよね?」
すると管理会社の担当者は淡々と答えた。
「はい。宿泊契約ではありませんので、宿泊費としては請求しません」
吉明の顔が一瞬明るくなった。
だが次の言葉で、その表情は崩れた。
「その代わり、不法占有によって本来得られたはずの損失利益として、三十日分、七百五十万円を請求します」
さらに、高級食材、ワイン、清掃費で約三百万円。
そこへ追い打ちがかかった。
逃げようと荷物をまとめていた時、吉明の子どもが壁際の絵画を踏み抜き、飾ってあった壺も割っていたのだ。
絵画は五千万円。
壺も五千万円。
合計請求額は一億一千五十万円。
吉明夫婦はその場に崩れ落ちた。
「子どものやったことじゃないですか!」
管理担当者は静かに言った。
「その子どもを無断侵入した施設に連れ込んだのは、あなた方です」
最終的に、吉明一家は警察沙汰を避けるため、顧問弁護士立ち会いのもとで公正証書を作成した。
毎月二十万円。
返済期間は四十六年と一か月。
一度でも滞れば、給与差し押さえ。
吉明は青ざめた顔でつぶやいた。
「ちょっと借りただけなのに……」
俺はその言葉を聞いて、昔と何も変わっていないのだと思った。
人のものを勝手に使う人間は、いつも軽い気持ちで始める。
だが返ってくる代償は、決して軽くない。
学生時代のノリで生きている大人には、いつか必ず現実という請求書が届くのだ。