帰宅ラッシュの電車内は、身動きが取れないほど混み合っていた。俺は両手でつり革を握り、ただ早く駅に着くことだけを考えていた。
その時だった。
「この人、触りました!」
鋭い女性の声が車内に響き、周囲の視線が一斉に俺へ向いた。指を差していたのは、すぐ近くに立っていた若い女性だった。
「違います。俺は両手でつり革を持っていました」
そう説明しても、誰もすぐには信じてくれなかった。次の駅で駅員が呼ばれ、俺はそのまま事務室へ連れて行かれた。女性は泣きそうな顔で「この人です」と繰り返し、駆けつけた警察官も厳しい表情で俺を見ていた。
だが俺は、焦るほど不利になると分かっていた。深く息を吸い、静かに言った。
「では、車内とホームの防犯カメラ、それから私のスマホの録音を確認してください。弁護士にも今すぐ連絡します」
その瞬間、空気が変わった。
女性の顔から血の気が引いた。警察官も一瞬、言葉を詰まらせた。さらに俺が「虚偽の申告なら、正式に被害届を出します」と続けると、女性は震える声で「許して……」と呟いた。
彼女は、混雑で誰かに押されたことを俺のせいだと勘違いしたうえ、引っ込みがつかなくなっていたらしい。
だが、冤罪で人生を壊されるところだった俺にとって、それは軽い話ではない。
結局、防犯カメラの確認で俺の無実は明らかになった。警察官は頭を下げ、女性も涙ながらに謝罪した。
俺はただ一言だけ告げた。
「謝る相手を間違えないでください。あなたが壊しかけたのは、私の人生です」