弟とは昔から仲が良かった。
歳が離れていたこともあって、私にとっては弟というより半分息子みたいな存在だった。
小さい頃はよく面倒を見た。
ゲームもした。
一緒に出掛けもした。
だからまさか、あんな形で家族が壊れるなんて思ってもいなかった。
その年のお盆。
久しぶりに家族全員が揃った。
前日までは普通だった。
弟とも酒を飲みながら笑っていた。
異変が起きたのは数日後の夜だった。
仕事の話になった時だ。
私は自営業。
昔から好きだったことを仕事にしている。
決して楽な道ではなかったが、家族を養えるくらいにはなっていた。
ところが弟は突然言った。
「兄貴って努力したことないよな」
最初は冗談かと思った。
だが弟は真顔だった。
「家族を養うなら年収1000万は必要だろ」
「好きなことばっかりやってるじゃん」
「嫁をパートに出してる時点で終わってる」
価値観の違いだと思った。
まだ若い。
社会に出て数年だ。
だから私は笑って流そうとした。
それがいけなかった。
弟の顔色が変わった。
そして次の瞬間、話は私ではなく妻へ向かった。
「高卒で飲食店のパートなんて、たかが知れてるよな」
その言葉を聞いた瞬間。
頭の中が真っ白になった。
妻は体が強くない。
それでも私の夢を応援してくれた。
何ヶ月も海外へ行く私を送り出してくれた。
実家もない。
頼れる親戚もいない。
それでも文句一つ言わず、両親とも良い関係を築こうと頑張ってくれていた。
そんな妻を見下した。
それだけでも許せなかった。
だが弟は止まらなかった。
「兄貴夫婦は実家を食い物にしてる寄生虫だ」
部屋の空気が凍った。
私は弟を見た。
弟も私を睨んでいた。
そして殴り合いになった。
今思えば情けない。
いい大人が兄弟喧嘩だ。
だがあの時は理性が飛んでいた。
両親が止めなければ、本当に取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
騒ぎが収まった後。
弟は吐き捨てるように言った。
「もう二度と関わるな」
そして帰っていった。
私は翌日には後悔していた。
手を出したこと。
笑ってしまったこと。
兄として冷静になれなかったこと。
だから謝ろうとした。
電話した。
繋がらない。
LINEした。
届かない。
全て拒否されていた。
それでも時間が経てば落ち着くだろうと思っていた。
兄弟なんだから。
いつか話せる日が来ると思っていた。
だが本当の修羅場はそこからだった。
数週間後。
父と母に呼ばれた。
私は弟のことだと思った。
仲直りの話だと思った。
違った。
父は疲れた顔で言った。
「もう限界だ」
母は俯いていた。
そして告げられた。
「どちらの味方もできない」
「だから、お前たち夫婦も家を出ていってくれ」
言葉が出なかった。
私は弟に絶縁されたと思っていた。
だが違った。
失ったのは弟だけではなかった。
実家だった。
帰る場所だった。
家族だった。
隣を見ると、妻がいた。
一番傷付いたはずなのに。
一番酷いことを言われたはずなのに。
妻は静かに私の手を握った。
「大丈夫だよ」
そう言った。
その瞬間。
涙が出そうになった。
弟を失った。
実家も失った。
家族の形も壊れた。
それでも最後まで私の味方だったのは妻だった。
だから今は思う。
あの日、本当に守るべきだったのは実家じゃない。
家族じゃない。
私を信じ続けてくれた、この人だったんだと。