妻が突然いなくなったのは、結婚三年目の春だった。
朝、私が出勤する時には普通に「いってらっしゃい」と笑っていた。
ところが夜に帰宅すると、妻の姿はなく、スマホも財布も置いたままだった。
私は近所を走り回り、友人にも連絡し、駅や病院にも電話した。
すぐに警察へ届けようとしたが、義実家に連絡した瞬間、義母が強い口調で言った。
「何があっても警察だけは入れないで」
理由を聞いても、「家族の問題だから」の一点張りだった。
翌日も、その次の日も、義実家からは同じ電話が来た。
「警察には言うな。必ず戻るから」
私は不安で眠れなかったが、妻の家族がそこまで言うならと、従ってしまった。
その判断を、後で心底後悔することになる。
半年後の夜、玄関のチャイムが鳴った。
扉を開けると、そこには妻が立っていた。
腕には、生まれたばかりに見える赤ん坊を抱いていた。
「ただいま」
その声はあまりにも普通で、私の頭は一瞬真っ白になった。
「その子は……?」
私が絞り出すように聞くと、妻は目をそらした。
その直後、義父から電話が来た。
「もう戻ったんだろ。細かいことは聞くな」
その一言で、すべてがつながった。
妻は行方不明だったのではない。
義実家に匿われていたのだ。
そして、私に隠したまま出産していた。
私は赤ん坊を責める気はなかった。
だが、半年間、私を苦しめ続けた妻と義実家を、家族として信じることはもうできなかった。
翌日、私は弁護士に連絡した。
妻が帰ってきた日。
それは再会の日ではなく、私が真実から逃げるのをやめた日だった。