私の名前は山村真子。
結婚して二年目になる主婦だ。
私は母子家庭で育った。
幼い頃に父を事故で亡くし、母は女手一つで私を育ててくれた。
仕事を掛け持ちしながらも、母はいつも笑っていた。
大学まで行かせてくれた母には感謝しかない。
だから結婚が決まった時、私はようやく親孝行できると思っていた。
しかし結婚生活は苦しかった。
夫の義之は家事を一切しない。
さらに義母は頻繁に家へ来ては、私をこき使った。
そんなある日、病院から母が危篤だと連絡が入った。
私は震える声で義之に伝えた。
すると義之は眉一つ動かさず言った。
「お前の母親なんかどうでもいい。それより今日は母さんの還暦祝いだろ。料理とケーキの準備しろよ」
私は耳を疑った。
母が危篤だと言っているのに、この人は自分の母親のことしか考えていない。
私は携帯を握り締め、その場で義之に電話をかけた。
母が最後に会いたがっていることを伝える。
しかしスピーカー越しに返ってきたのは冷たい声だった。
「他人のババアなんか放っとけ」
その瞬間、私の中で何かが完全に切れた。
けれど病室で怒鳴るわけにはいかない。
私は震える手で携帯の電源を切った。
それから間もなく、母は静かに息を引き取った。
葬儀の日。
義母と義之も式場へやって来た。
だが義母は開口一番、不満そうに言った。
「せっかくの還暦祝いが台無しだわ」
さらに義之も平然と言い放つ。
「仕事休んでるんだから感謝しろよ」
私は怒りよりも先に、心が冷え切っていくのを感じた。
その時だった。
静かに式場へ入ってきた叔父が、二人の前に立った。
叔父は母の弟で、私が昔から一番信頼している人だった。
叔父は低い声で義之を睨みつける。
「人の死を何だと思っている」
その一言だけで空気が凍った。
義之はみるみる顔色を変え、慌てて土下座した。
しかし叔父は許さなかった。
叔父は義之の勤務先と取引関係にあり、その場で契約解除を決定したのだ。
後日、その話は社内中に広がった。
義之は居場所を失い、自主退職へ追い込まれた。
私はその後、迷わず離婚を選んだ。
母は最後まで、「真子には幸せになってほしい」と言っていた。
だから私は前を向くことにした。
母が守ってくれた人生を、今度は自分のために生きていこうと決めたのだ。