「……妊娠してた」
その言葉を口にした瞬間、嬉しさより先に涙が出た。
普通なら、赤ちゃんができたと分かったら喜ぶものなのかもしれない。
でも、私はもう3人の子供を育てていた。
朝は毎日戦争だった。
「早く起きて!」
「ご飯食べて!」
「忘れ物ない?」
子供たちを送り出した後は、仕事。
帰宅すれば夕飯作り、宿題を見る、お風呂に入れる。
夫も協力してくれていた。
決して何もしない人ではなかった。
でも、3人で精一杯だった。
だから、4人目だと分かった瞬間、最初に出た言葉は喜びではなかった。
「……どうしよう」
夜、夫に妊娠のことを伝えた。
夫はしばらく黙っていた。
そして私が震える声で言った。
「ねぇ……」
「もう無理だよね」
「4人目なんて、育てられないよね……」
夫は下を向いたまま、小さく答えた。
「……うん」
その一言を聞いた瞬間、胸が締め付けられた。
分かっていた。
夫も辛いんだ。
子供が嫌いなわけじゃない。
むしろ、誰より子供たちを可愛がっている。
でも現実を見ると厳しかった。
家の広さ。
教育費。
これから先にかかるお金。
「愛情があれば大丈夫」
そんな綺麗な言葉だけでは、子供を守れないことも分かっていた。
その話を誰にも言えないまま数日が過ぎた。
そんなある日。
突然、義兄夫婦から連絡が来た。
義兄夫婦には子供がいなかった。
結婚して15年以上。
病院にも何度も通ったと聞いていた。
二人とも優しい人だった。
だからこそ、私は会うのが少し苦しかった。
子供がいる私たちを見るたび、どんな気持ちだったのだろうと思っていたから。
家に来た義兄夫婦は、いつもと違って少し緊張した顔をしていた。
義兄が静かに言った。
「聞いたよ」
私は固まった。
「……何を?」
義兄嫁が私の手を握った。
「赤ちゃんのこと」
私は何も言えなかった。
「ごめんなさい。勝手に聞いてしまって」
「でも……どうしても伝えたいことがあって」
私は嫌な予感がした。
「実はね……」
義兄嫁は涙を浮かべながら言った。
「もし、本当にあなたたちが育てるのが難しいと思っているなら……」
「私たちに育てさせてもらえないかな」
一瞬、意味が理解できなかった。
「……え?」
夫も驚いた顔をした。
「何言ってるんだよ」
義兄はゆっくり話し始めた。
「もちろん簡単なことじゃない」
「赤ちゃんを欲しいからって、そんな軽い気持ちで言ってるんじゃない」
「俺たちはずっと子供を望んできた」
「でも、どうしても授からなかった」
義兄嫁は涙を拭きながら続けた。
「あなたのお腹の子を奪いたいわけじゃない」
「でも……もしあなたが苦しんでいるなら」
「この子を心から愛して育てる場所もあるって、知ってほしかった」
その夜、私は眠れなかった。
隣では夫も黙ったままだった。
「どう思う?」
私が聞くと、夫は長い沈黙のあと答えた。
「分からない」
「俺も、この子を手放したいわけじゃない」
「でも……」
夫は子供たちが寝ている部屋を見た。
「今いる3人も、この子も、全員幸せにしたい」
その言葉を聞いて、また涙が出た。
誰も悪くない。
夫も。
私も。
義兄夫婦も。
ただ、それぞれが大切なものを守ろうとしているだけだった。
それから私たちは何度も話し合った。
簡単な答えなんて出なかった。
「産むか」
「諦めるか」
そんな二択だけではなかった。
この子にとって何が一番幸せなのか。
それを考えるようになった。
数か月後。
私は病院の帰り道、夫に言った。
「ねぇ」
「この子、ちゃんと迎えたい」
夫は黙って頷いた。
「うん」
「俺もそう思う」
その後のことは、家族全員で考えていくことにした。
大切なのは、誰の子供かということだけではない。
どれだけ愛されて育つか。
どれだけ責任を持って向き合えるか。
家族には、血のつながりだけでは説明できない形もある。
あの日、
「もう無理だよね」
と言った私たちに、
義兄夫婦がくれたのは答えではなかった。
「一人で抱えなくていい」
という、家族からの言葉だった。