出産から三か月。娘の七を抱いていた私の前に、夫の健太は愛人の彩を連れて現れた。
「離婚したい」
その一言は、十年分の愛を切り捨てるにはあまりにも軽かった。しかも相手は、私の直属の部下。私は泣き叫びたかった。けれど腕の中には、まだ父親の顔も覚えていない小さな娘がいた。
彩は涙ぐみながら「私たちは愛し合っているんです」と言った。私は笑ってしまった。他人の家庭を壊してまで奪うものを、愛と呼ぶのなら、ずいぶん安い愛だと思った。
さらに健太は、彩を守るために私の肩を押した。よろけた私の腕の中で七が泣き出した瞬間、心の中で何かが完全に切れた。
「いいわ。離婚してあげる」
数日後、私は弁護士の友人を同席させた。家の購入資金は私の両親が出したもの。車も私名義。養育費も、健太の収入に見合う額をきっちり請求した。
健太と彩の顔から余裕が消えた。夢見ていた新生活は、私が静かに差し出した条件で、最初から崩れ始めていた。
私はまだ家を出なかった。
娘のために、そして二人に現実を見せるために。
やがて田舎から義母が駆けつけ、彩を見るなり怒鳴った。
「子どもを産んだばかりの嫁を追い出して、こんな女を家に入れるなんて、人間のすることじゃない!」
私は七を抱いたまま、その光景を黙って見ていた。
泣いてすがる妻には、もうならない。
これからは、娘を守る母として、奪われたものを一つずつ取り戻していく。