朝、まだ頭がぼんやりしている時間だった。
「この唐揚げ、大きすぎる」
夫の一言で、私の箸は止まった。
健康のために油を控え、野菜を増やし、玄米も取り入れた。夜遅くまでレシピを調べて、少しでも体に良いものを食べてほしいと思っていた。
それなのに返ってくるのは感謝ではなく文句ばかり。
「サラダが草みたい」
「玄米は硬い」
「普通のでいいのに」
私は静かにエプロンを外した。
そして夫の前に置いた。
「じゃあ、明日から自分で作って。」
夫は笑った。
「朝飯くらい簡単だろ。」
翌朝、その言葉を後悔することになる。
キッチンからは包丁の音と焦った声。
「え?これどう切るの?」
「卵焼きって何分焼くんだ?」
十分後には焦げ臭い匂いが部屋中に広がった。
出来上がった朝食は悲惨だった。
真っ黒な卵焼き。
しなしなのレタス。
半生の鶏肉。
夫は無言だった。
いつも偉そうに文句を言っていた人間が、自分では何一つ満足に作れなかったのだ。
その日の夜、私は料理を作らなかった。
コンビニ弁当を二つ並べただけ。
夫は不満そうな顔をした。
「今日の夕飯、それだけ?」
私は淡々と答えた。
「あなたの理想の料理は、あなたにしか作れないから。」
その言葉に、夫は何も言い返せなかった。
しばらく沈黙が続いた後、小さな声で言った。
「……俺、言い過ぎてた。」
初めて聞く謝罪だった。
それから夫は文句を言わなくなった。
むしろ時々、
「これ美味しいな。」
そう言うようになった。
料理の味は変わっていない。
変わったのは、作る苦労を知った夫の方だった。
私はその時思った。
人は失って初めて価値に気づく。
毎日当たり前に出てくる朝食も、誰かの時間と優しさでできているのだと。