披露宴のお色直しで、私は亡き母の形見の着物に袖を通していた。母に抱きしめられているようで、胸が温かくなり、そのまま控室を出ようとした瞬間だった。背中に熱い液体が流れ込み、私は思わず振り返った。そこにいたのは、空のコーヒーカップを持って笑う義母だった。「お祝いの場でそんなボロい服を着ないでちょうだい」そう吐き捨てると、義母はそのまま会場へ戻っていった。
私は背中の痛みより、母の着物を汚された悲しさで涙が止まらなかった。そこへ異変に気づいた父が駆けつけ、事情を聞くと顔色を変えた。父に連れられて廊下へ出ると、そこには義父や母の友人たち、そして連れて来られた義母がいた。だが義母は「私は何もしていない」と言い張り、逆に私が自作自演したとまで罵った。
重い空気が流れる中、式場スタッフがビデオカメラを持って現れた。披露宴用の撮影映像には、義母が私の襟元へコーヒーを注ぎ、「ボロい服」と侮辱する場面がはっきり映っていた。
決定的な証拠を突きつけられ、義母はその場にへたり込んだ。さらに義母は泣きながら、「啓介を取られるのが嫌だった」と叫んだ。それは母親の愛情ではなく、ただの執着だった。
私は着物をクリーニングに出し、式は義母を追い出して続行した。その後、義母は突然家に押しかけ、今度はあの着物を貸せと言い出した。私はきっぱり断り、義父から聞いた本当の離婚理由――借金を作ったのは義母の方だと突きつけた。さらに「啓介はもうあなたと縁を切りたいと言っている」と告げると、義母は崩れ落ちた。
そこへ帰宅した啓介も、義母に向かって「もう関わりたくない。絶縁したい」とはっきり言った。義母はようやく追い返され、その後は生活が苦しくなり働きに出たらしい。
私は今、啓介と穏やかに暮らしている。結婚式の傷は消えない。でもそれ以上に、大切にしてくれる人たちとの思い出を増やしながら、前を向いて生きている。