指定席の車両に乗り込んだ瞬間、私は自分の席を見て足を止めました。
そこには、知らない親子が座っていたのです。
子どもは窓側でぐっすり眠り、父親は通路側でスマホを見ていました。
私はできるだけ穏やかに声をかけました。
「すみません、そこは私の席です」
すると父親は、顔も上げずに言いました。
「ここ、自由席ですよ」
私は少し驚きながら、チケットを取り出しました。
「いえ、この車両は指定席です。ここに座席番号も書いてあります」
父親はようやくこちらを見ましたが、謝るどころか不機嫌そうに眉をひそめました。
「子どもが寝てるのに、起こせって言うんですか?」
その言い方に、周囲の空気が少し重くなりました。
けれど、私も決して安くない料金を払ってこの席を取っています。
「申し訳ありませんが、私の席なので移動してください」
父親は舌打ちしながら子どもを起こし、荷物をまとめ始めました。
発車ベルが鳴り、親子はぶつぶつ文句を言いながら前方へ歩いていきました。
これで終わったと思った、その直後です。
発車間際に、父親が突然こちらへ戻ってきました。
「見ろ!」
そう言って差し出したのは、彼らのチケットでした。
私は一瞬固まりました。
そこには、私と同じ座席番号が印字されていたのです。
しかしよく見ると、日付が一日違っていました。
「それ、昨日のチケットですよ」
私がそう言うと、父親の顔色がみるみる変わりました。
周囲の乗客もざわつき、近くにいた車掌さんが確認してくれました。
結果は明らかでした。
親子が持っていたのは前日の指定席券。
父親は何も言えなくなり、子どもの手を引いて慌てて車両を出ていきました。
私はようやく席に座り、深く息を吐きました。
強く言うことは簡単ではありません。
けれど、自分が正しいと分かっている時まで遠慮していたら、理不尽はいつまでもこちらに押しつけられるのだと思いました。