双子が二歳になった頃、私の毎日は余裕なんて一切なかった。朝は五時台に起こされ、食事を作り、着替えさせ、泣けば理由を探し、夜は交互に起きる双子の対応に追われる。夫は家にいても育児を手伝わず、食卓でスマホを眺めるだけだった。
ある夜、双子を寝かしつけた私は、台所で哺乳瓶を洗っていた。すると背後で夫がため息をつき、テーブルに一枚の紙を置いた。離婚届だった。
「俺、自由が欲しい。育児も家も重い。とにかく出てくから」
夫はそう言うと荷物を持って家を出て行った。私は呆然としたまま立ち尽くしたが、泣くより先に思った。
「……まあいいや。提出しよw」
翌朝、私は双子を連れて役所へ向かい、離婚届を提出した。手続きは淡々と終わり、夫婦関係は正式に終了した。
――三日後。
夕方、インターホンが何度も鳴った。モニターを見ると、義両親と夫が青ざめた顔で立っていた。ドアを開けると、義父がいきなり頭を下げた。
「すまない……話が違うんだ」
私は双子を抱えたまま冷静に答えた。
「離婚届は受理されましたよ」
その瞬間、夫の顔色が変わった。義母は震える声で「提出するなんて思わなくて」と言い、夫も「少し頭を冷やすつもりだった」と言い訳を始めた。
私は静かに言った。
「離婚届は冗談では成立しません。あなたが置いていったのは、私と子どもの生活を壊す紙です」
義父は焦った様子で「家の問題がある」と漏らした。そこで私は気づいた。この人たちは、私が泣いて夫を引き止め、全部元通りになると思っていたのだ。だが実際に離婚が成立し、養育費や親権、世間体の問題が現実になって慌てたのだった。
私は事前に準備していた書類のコピーを差し出した。養育費、面会交流、今後の連絡方法。感情で動けばまた同じことになると分かっていたからだ。
「戻りたいじゃなく、父親として何をするか決めてください」
すると夫は青い顔で呟いた。
「……離婚したら社宅も出なきゃいけなくて、親父にも怒られて……」
その言葉に、義父が低い声で叱った。
「軽い気持ちで投げたものの重さが分かったか」
私は双子を抱き直し、はっきり告げた。
「私はもう、気分で人生を揺さぶられません。ここから先は父親として責任を果たすかどうか、それだけです」
義母は泣き、夫は言葉を失った。けれど私は同情しなかった。双子の日常を守れるのは、感情ではなく現実だからだ。
「次は第三者を入れて話しましょう。感情ではなく約束で」
そう言ってドアを閉めた瞬間、私は不思議なくらい静かな気持ちになっていた。夫が戻ってきた理由は愛情ではない。無責任が現実になる恐怖だった。
そして私はもう、その恐怖に付き合うつもりはなかった。