「母親ヅラ、キモいんだよw」
その言葉と同時に、
淳は私のカテーテルを掴んだ。
そして——
ハサミで、全部切った。
一切ためらいなし。
私は、その場で固まった。
これが何か、分かってるはずなのに。
私は事故で脊髄を損傷している。
自己導尿ができなければ、
排尿すらできない身体だ。
つまりこれは——
生活必需品じゃない。
“命に関わるもの”。
それを、笑いながら壊した。
「父さん帰ってくるの一週間後だろ?」
淡々とした声。
「それまで我慢すれば?」
そして、現金を持って出ていった。
私はその場で、深呼吸した。
怒鳴ることもできた。
泣くこともできた。
でも、やめた。
代わりに、夫に電話した。
事情を全部伝えた。
少しの沈黙。
そして一言。
「分かった」
低い声だった。
「やり方は任せてくれ」
その瞬間、決まった。
――これは教育になる。
それからの一週間。
私は普通に生活した。
必要な医療器具は、
別の手段で確保した。
そして何も言わなかった。
七日後。
淳が帰ってきた。
玄関で止まる。
「……なんだ、この臭い」
家の中の違和感に気づいた顔。
その奥から、夫が出てきた。
何も言わず、淳を見た。
空気が違った。
いつもの父親じゃない。
「お前さ」
低い声。
「自分が何したか分かってるか?」
淳は何も言えない。
でもまだ、軽く見てる顔だった。
そこで私は出た。
車椅子で、ゆっくりと。
そして言った。
「ねえ、一週間やってみてどうだった?」
淳が固まる。
意味が分からない顔。
私は続けた。
「“なくてもいい物”って言ってたよね?」
沈黙。
視線が揺れる。
ここで、夫が一言。
「お前が壊したのは“物”じゃない」
一拍置いて。
「生活だ」
その瞬間、顔が変わった。
やっと理解した顔。
でも、もう遅い。
私は静かに言った。
「あとね」
「持っていったお金、返して」
淳の目が泳ぐ。
「……もう使った」
その一言で、全部決まった。
夫が即答した。
「じゃあ、自分で払え」
完全に終わった顔。
「今日から仕送りなし」
「学費も生活費も、自分で」
初めて焦った顔になった。
「待って、無理だって」
でも夫は止まらない。
「無理かどうかは関係ない」
「お前が選んだことだ」
沈黙。
そして、初めて。
淳が頭を下げた。
「……ごめん」
でも、それだけじゃ終わらない。
夫はドアを開けた。
「外で考えろ」
そのまま、外に出された。
その後。
淳はバイトを掛け持ちした。
学費は借金。
生活も、自分で回した。
そして少しずつ、変わった。
電話の声が違う。
言葉の選び方が違う。
あの軽さが消えた。
人って、
言葉じゃ変わらない。
でも——
“痛み”が伴った時だけ、変わる。
あの日、壊されたのはカテーテル。
でも守れたものは、もっと大きい。
これって、
やりすぎだったのか、
それともやっと“普通の責任”を教えただけなのか。