三年前、死んだはずの元妻が、目の前に現れたとき、私は息を飲んだ。古びたダウンジャケットにエプロン、背中には双子のような子供を抱え、ベビーカステラを焼いているその姿。間違いなく、桜井葉月だった。
頭が真っ白になった。死んだはずの彼女が、なぜ私を覚えていないのか、そしてこの子たちは誰なのか。混乱する心を抑えつつ、私は一歩近づいた。しかし、彼女の目には感情の欠片すらなく、まるで見知らぬ人を見るような冷たい視線だった。
「私は鈴木美智子です」――その言葉は私の胸を深く刺した。記憶に残る笑顔も、温もりも、すべてが幻だったのか。息子のような小さな命を背負う彼女を前に、私は何も言えず立ち尽くした。
震える手でベビーカステラを受け取り、そっと背を向ける。甘い香りが鼻先に残り、思い出が胸を締め付ける。子供の頃、貧しい日々に食べたあの味と全く同じ――懐かしさと切なさが交錯する。
帰り道、車の中で私はようやく自分を取り戻した。
涙が溢れそうになるのをこらえ、胸に抱えた小さな熊のぬいぐるみを握りしめる。かつての幸せも、痛みも、すべてが今の私を強くしてくれることを知る。
そして決心した。過去の幻影に縛られることなく、今目の前にある現実と未来を守る。証拠を集め、真実を明らかにする――そうして初めて、私は本当に前に進むことができるのだ。