ぼくは昼休みに、前から気になっていた和食屋へ入った。
店内は落ち着いた雰囲気で、壁には筆文字のメニューがずらりと並んでいた。
その中で、ひときわ目に入ったのが「ウナギアタマ」と読める一品だった。
珍しい料理だと思ったぼくは、少し得意げに店員を呼んだ。
「すみません、この『ウナギアタマ』ってのください!」
店員は一瞬、目を丸くした。
「……え?」
聞こえなかったのだと思い、ぼくはもう一度はっきり言った。
「だから、ウナギアタマです!」
その瞬間、近くの席の客が小さく吹き出した。
店員は困った顔でメニューを指さしながら、静かに言った。
「お客様、こちらは『うなぎ蒲焼き定食』でございます。筆文字で少し読みにくくなっておりまして……」
顔が一気に熱くなった。
確かに、よく見ると「蒲」の字が崩れていて、ぼくには完全に「頭」に見えていた。
それでも、その場の空気があまりにも恥ずかしくて、ぼくはつい強がってしまった。
「いや、分かりにくすぎるでしょ。
普通読めないって」
店員は丁寧に頭を下げたが、隣の客はまだ肩を震わせていた。
料理はおいしかった。
悔しいくらいにおいしかった。
けれど会計を済ませて店を出たあとも、「ウナギアタマください!」と大声で言った自分の声が頭から離れなかった。
もう二度とあの店には行かない。
味の問題ではない。
ぼくの中の小さなプライドが、あの筆文字の前で完全に焼かれてしまったのだ。