「明(あきら)との結婚、もう決めたから」。ももかはそう宣言する時、目は常にどこか遠く、現実とは乖離した輝きを宿していた。彼女の頭の中では、幼馴染の明こそが運命の相手であり、現在その傍にいる婚約者・咲季(さき)は単なる“一時的な同居人”でしかない。長年続く一方的な恋慕は、些細な親切を“両想いの証”に、業務連絡を“愛のメッセージ”へと歪めて解釈させていた。
その妄想が頂点に達したのは、明と咲季の結婚式の日程が決まった後だった。式の話題に“結婚”という単語だけを聞きつけたももかは、自分へのプロポーズと早合点する。勝手に式場を予約し、新居の契約まで済ませてしまう。専業主婦で自身の収入がないにもかかわらず、夫のクレジットカードで数百万円もの大金を動かしたのだ。彼女にとって、その行為は“明との未来への投資”という大義名分に彩られ、一切の罪悪感はなかった。
しかし、現実は冷酷だった。咲季がSNSに上げた結婚指輪と幸せそうな写真。
それを“捏造”と罵るももかに対し、咲季と明はついに彼女の夫へと一切を連絡。全てを悟った夫の怒りは凄まじく、即座に離婚を宣告された。ももかは、勝手に契約した式場や新居のキャンセル料、慰謝料という莫大な借金を背負い込むことになる。実家の両親からも、会社の取引にまで悪影響が及んだため見放され、彼女は完全に孤立した。
最後に見たという彼女の姿は、借金取りに追われる憔悴したものだった。幼馴染への淡い恋心が、妄執へと変貌し、全ての常識と人間関係を踏みにじった果ての、孤独で惨めな結末である。一方的な“妄想の愛”は、他者を傷つけるだけではなく、最終的には自分自身をも破滅へと導くことを、この顛末は如実に物語っていた。