昭和四十七年、石川県能都半島の静かな農村で、郵便配達員の田中勇さんが突然姿を消した。四十二歳の田中さんは、二十年間この村で郵便を配り続けてきた誠実な男性だった。雨の日も雪の日も自転車で決まった道を回る姿は、村人にとって見慣れた日常そのものだった。
田中さんの配達先の一つに、山田家があった。そこには若い主婦・恵子さんが嫁いでいたが、姑の美沙子から厳しく扱われ、冬でも冷たい井戸水で洗濯をし、夜遅くまで畑仕事をさせられていた。腕には青あざが見えることもあり、田中さんは見て見ぬふりができなくなっていく。
しかし、他人の家庭に直接口を出すことはできない。悩んだ末、田中さんは匿名で励ましの手紙を送り始めた。「あなたは一人ではありません」「いつも頑張っている姿を見ています」――短い言葉だったが、恵子さんの心を支えるには十分だった。
やがて手紙の存在を姑と夫の博が知り、疑いの目は田中さんへ向けられる。博は田中さんを尾行し、隣町のポストへ投函する姿を見て確信した。
翌日、配達に来た田中さんは山田家へ呼び込まれ、激しく問い詰められる。
田中さんは最後まで「ただ苦しんでいる姿を見ていられなかっただけです」と訴えた。だが怒りに駆られた博ともみ合いになり、田中さんは頭を強く打って動かなくなった。
その後、彼の行方は七年間分からなかった。昭和五十四年、古い郵便局の倉庫から見つかった日記によって、彼の優しさと秘めた執着、そして悲劇の真相が少しずつ明らかになっていく。