それは、休日の午後だった。
娘と近所の文房具店に立ち寄っただけのはずだった。
消しゴム一つ、200円。
娘は財布から紙幣を出して、レジに渡した。
その瞬間までは、何の違和感もなかった。
「800円のお返しです」
そう言われたとき、頭の中で一気に違和感が広がった。
200円で800円?
ありえない。
私はすぐに言った。
「お釣り、間違ってませんか?」
店員は無表情で答えた。
「合ってますけど」
その態度に、さらに苛立ちが増した。
「一万円出しましたよね?」
「いえ、千円です」
その一言で、完全にスイッチが入った。
「嘘でしょ?盗ったんじゃないの?」
店内の空気が一気に変わる。
でも、その時の私は止まれなかった。
絶対に一万円だった。
そう“信じていた”。
店長が出てきて、防犯カメラを確認することになった。
警備員まで呼ばれ、周囲の視線が刺さる。
それでも私は、間違っていないと思っていた。
——数分後。
店長が戻ってきた。
「確認しました」
その一言で、空気が張り詰める。
モニターがこちらに向けられた。
そこに映っていたのは——
娘が財布から取り出した、一枚の紙幣。
千円札だった。
頭の中が、真っ白になった。
何も言えなかった。
あれだけ強く「一万円だ」と言い切っていたのに、
完全に、違っていた。
隣で娘が小さく言った。
「ママ……千円だったかも」
その一言が、何よりも重かった。
私は深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
でも、その言葉だけじゃ足りないと分かっていた。
さっきまで疑っていた店員は、
何も言わずにこちらを見ていた。
怒ってもいいはずなのに、
ただ静かに、疲れた顔をしていた。
その表情の方が、よほど刺さった。
正義のつもりだった。
間違いを正そうとしているつもりだった。
でも実際は——
思い込みで、人を疑っていただけだった。
店を出たあと、娘が言った。
「店員さん、かわいそうだったね」
私はすぐに答えられなかった。
ただ一つ、はっきり分かった。
“自信がある”と“正しい”は、全く違う。
あの時の私は、
正しさじゃなく、確信だけで動いていた。
思い込みは、一番簡単に人を傷つける。