駅前のロータリーで、私は確かに立ち尽くしていた。
出張帰りで疲れていた。
それでも、迎えに来てくれたと思ったから少し安心していた。
でも次の瞬間、それは全部崩れた。
「母さん、先行こう。こいつ歩いて来るって」
「お前は3時間歩いてこいw」
笑いながら言われたその一言で、すべて理解した。
私はこの人たちにとって、
“対等な存在”じゃない。
ただの下に見ていい存在なんだと。
でも、その場で怒らなかった。
「わかった」
それだけ言って、私は歩き出した。
背中で車の音が遠ざかる。
その音と一緒に、何かが完全に切れた。
私は冷静だった。
家まで3時間。
でも、別に歩く必要なんてない。
それでもあえて歩いた。
これは命令じゃない。
“確認”だと思ったから。
1時間ほど歩いた頃、スマホが鳴り始めた。
夫からの着信。
一回、二回、三回——止まらない。
いわゆる鬼電だった。
私は三回目で出た。
「もしもし」
『おい!どこだよ!今すぐ戻ってこい!』
さっきまでの余裕は消えていた。
私は淡々と答えた。
「歩いてるけど?」
『ふざけるな!車止まったんだよ!』
一瞬、意味が分からなかった。
「……は?」
『エンジンかかんねえ!暗いし場所も分かんねえ!早く来い!』
その瞬間、全部繋がった。
私は思わず少しだけ息を吐いた。
でも、助けなかった。
「無理」
『は!?』
「3時間歩けって言ったの、あなたでしょ」
電話の向こうで言葉が詰まる。
私は続けた。
「私は今、その通りにしてるだけ」
『じゃあタクシーで来いよ!』
その一言で、完全に冷めた。
「それ、最初からあなたがやればよかったことだよね」
沈黙。
そして私は、はっきり言った。
「助けてほしいなら、“頼む”って言って」
数秒の間。
プライドと現実がぶつかってるのが分かる。
そして、やっと聞こえた。
『……頼む。来てくれ』
私は一度だけ頷いた。
「位置送って」
通話を切ったあと、私はすぐには向かわなかった。
交番に寄って、ロードサービスの連絡先を確認した。
全部、段取りを整えた。
その間も、スマホは鳴り続けていた。
でも、もう焦る理由はなかった。
さっきまで命令していた人間が、
今は“頼む側”になっている。
それだけで、十分だった。
人を見下した瞬間、立場は一瞬で逆転する。