娘が消しゴム一つを握りしめて店から出てきたとき、その表情はどこか不安そうだった。
「ママ……お釣り、これだけだった」
小さな手の中には、硬貨が八百円分だけ。私は思わず眉をひそめた。娘には一万円札を渡していた。買ったのは百円ほどの消しゴム。どう考えても、お釣りが合わない。
私は娘を連れてすぐ店内へ戻り、レジの店員に声をかけた。
「すみません。お釣り、間違っていませんか。娘は一万円札を出したはずなんです」
しかし店員は、面倒くさそうに顔を上げただけだった。
「は? 合ってますけど。千円札でしたよ」
その言い方に、胸の奥が一気に熱くなった。娘は泣きそうな顔で私の袖をつかんでいる。子どもだから分からないと思って、適当に済ませようとしているのではないか。そう思った瞬間、私は声を荒げていた。
「嘘だ! あんたが盗ったんだろ!」
店内の空気が凍りついた。周囲の客が一斉にこちらを見た。店員も顔色を変え、「そんな言いがかり困ります」と言い返してくる。
騒ぎを聞きつけた警備員まで駆けつけ、私は事情を説明した。
やがて店長が現れ、レジの点検と防犯カメラの確認が行われた。数分後、店長の表情が硬くなった。
「お客様、確認できました。お嬢さんは確かに一万円札を出されています」
店員は真っ青になり、その場で深く頭を下げた。渡し忘れた釣り銭は九千円。私はお金を受け取ったが、怒りよりも、娘の震える手を見て胸が痛んだ。
帰り道、娘は小さく言った。
「ママが信じてくれてよかった」
その一言で、私は静かにうなずいた。たとえ相手が大人でも、子どもの言葉を最初から疑ってはいけない。あの日、私が本当に守りたかったのは、一万円札ではなく、娘の心だった。