結婚五年目の記念に、俺と妻の沙耶は二泊三日の温泉旅行へ出かけていた。帰りの車内でも、温泉街で「こういう時間、ずっと欲しかったんだよね」と笑った沙耶の声が耳に残っていた。
だが帰宅途中、駅前のコンビニへ寄った帰り道だった。
街灯の薄暗い道で、黒いワンボックスから四人の男が降りてきた。金のネックレスに派手な指輪。笑っているのに目は笑っていない。
「奥さん美人じゃんw」
男たちはニヤつきながら近づいてきた。俺は反射的に沙耶を背中側へ庇う。
「急いでるんで」
刺激しないよう低く言ったが、男たちはさらに距離を詰めた。
「おっさん帰れよ。奥さんだけ残せって」
その瞬間、先頭の男が俺の胸を突き飛ばした。さらに肩を強く押され、俺の体がよろける。
沙耶との距離が、一歩だけ開いた。
その直後だった。
「……触ったよね?」
沙耶が低い声を出した。振り返ると、彼女の目は冷たく凪いでいた。
男が笑おうとした瞬間、沙耶が一歩前へ出る。そして男の手首を掴み、一気に関節を極めた。
「痛っ!」
男の顔色が変わる。
沙耶は静かに言った。
「もう一回押す? 次は骨が鳴るけど」
残りの男たちも空気の異変に気づき始める。
「……お前、何者だよ」
男の一人が怯えた声を出した。
沙耶は淡々と答えた。
「あなたたちみたいなのを、現場で何十人も見てきた人間」
そしてスマホを取り出し、そのまま警察へ通報した。
「夫が突き飛ばされました。車は黒のワンボックスです」
その瞬間、男たちの顔色が変わる。
「ちっ、覚えとけよ!」
捨て台詞を残し、四人は車で逃げていった。
通報を終えた沙耶は、俺の袖を軽く引く。
「大丈夫? 痛くない?」
もう声は、いつもの優しい沙耶に戻っていた。
帰宅後、玄関で靴を揃えながら、沙耶がぽつりと言った。
「黙っててごめん。私、昔……特殊部隊の医療班にいたの」
俺は思わず苦笑した。
守るつもりだった。でも、守られたのは俺の方だったのかもしれない。