二十八億円規模の商談だと聞かされた瞬間、私は胸の奥が冷たくなるのを感じた。
相手は業界最大手の元請け企業。
だがこちらにも切り札があった。
町工場が十年かけて完成させた独自機構の特許だ。
私は会議室へ通され、資料を並べて待った。
担当者は「すぐに部長が来ます」と言ったまま戻らない。
時計だけが進み、気づけば五時間が過ぎていた。
私はその時理解した。
これは商談ではなく、下請けが黙って従うか試しているのだと。
ようやく現れた部長は、席に着くなり言った。
「特許使用料を三割下げてください」
私は静かに答えた。
「契約は特許範囲と実装条件が前提です。価格だけの話ではありません」
すると相手は笑いながら言った。
「ウチと組めなければ、今後の取引は厳しくなりますよ」
私は資料を閉じ、椅子を引いた。
「本日はこれ以上、実りある話にならないようです」
驚く相手を残し、そのまま工場へ戻った。
若い職人に「どうでした」と聞かれ、私は短く答えた。
「待たせる相手とは仕事にならない」
それから一週間。
元請けから連絡はなかった。
だが業界では、新ラインが止まったという噂が広がっていた。
特許を回避しようとして歩留まりが崩壊したのだ。
そして月曜の朝、電話が鳴った。
「改めて契約の件でお時間を…」
受話器の向こうの声は弱っていた。
私は静かに返した。
「契約は、こちらの提示条件が基準です。監査も停止条項も含めて」
長い沈黙が落ちる。
彼らはようやく理解したのだ。
こちらが握っているのは、ただの部品ではなく、生産ラインの心臓部だということを。
電話を切ると、社長が聞いた。
「行くのか」
私は首を振った。
「今度は向こうが来ます。それが対等です」