転職活動中、一番忘れられない面接がある。
その会社は業界でも比較的知名度が高く、待遇も悪くなかった。
書類選考を通過し、私は緊張しながら面接室に入った。
最初はよくある質問だった。
自己紹介。
職務経歴。
転職理由。
そして面接官が聞いた。
「前職を辞めた理由は何ですか?」
私は正直に答えた。
「長時間労働が続き、体力的にも精神的にも限界を感じたためです。」
すると面接官は少し笑いながら言った。
「たった1時間の残業で辞めるようじゃ、社会人として厳しいんじゃない?」
部屋の空気が一瞬止まった気がした。
私は驚いた。
だが怒りはなかった。
むしろ、この人は何か勘違いしているのだと気付いた。
私は静かに答えた。
「1時間ではありません。」
面接官は首を傾げる。
私は続けた。
「毎日10時間です。」
今度は相手が黙った。
笑っていた表情が消えた。
さすがに想像していなかったのだろう。
「10時間……毎日ですか?」
私は頷いた。
朝7時前に出勤する。
終電近くに退社する。
帰宅して食事と入浴を済ませると深夜。
眠って数時間後にはまた出勤。
それが何カ月も続いていた。
休日も電話が鳴る。
有給休暇は実質使えない。
人手不足を理由に次々と仕事が積み上がる。
最初は頑張ろうと思った。
若いうちは経験が大事だとも考えた。
だが人間には限界がある。
集中力は落ちる。
ミスが増える。
食欲もなくなる。
気付けば朝起きるだけで動悸がするようになっていた。
私はそこで初めて退職を決意した。
面接官は腕を組みながら話を聞いていた。
そして小さくため息をついた。
「それは確かに普通じゃないですね……。」
ようやく伝わった。
私は仕事が嫌いで辞めたわけではない。
楽をしたくて辞めたわけでもない。
働くこと自体は好きだった。
ただ、自分の人生を犠牲にし続ける働き方を続けたくなかっただけだ。
すると面接官が聞いた。
「でも、うちも忙しい時期はありますよ?」
私はすぐに答えた。
「忙しいことと、壊れるまで働かせることは違うと思っています。
」
自分でも驚くほど自然に言葉が出た。
以前の私なら言えなかったかもしれない。
だが前職で学んだ。
会社は人生の一部であって、人生そのものではない。
健康を失えば仕事も続けられない。
家族との時間も戻らない。
だからこそ働き続けるためには、長く続けられる環境が必要なのだ。
面接官はしばらく考えた後、静かに頷いた。
「なるほど。あなたは仕事から逃げたわけじゃないんですね。」
その言葉を聞いた時、不思議と肩の力が抜けた。
退職を決めた時、周囲には様々なことを言われた。
「最近の若い人は根性がない。」
「みんな我慢している。」
「その程度で辞めるのか。」
だが実際には誰も私の勤務時間を知らない。
誰も私の体調を知らない。
だから他人の評価より、自分自身を守る判断を優先した。
面接の最後、面接官は立ち上がって言った。
「その経験を乗り越えた人なら、きっと強いと思います。」
私は静かに頭を下げた。
前職で失ったものも多い。
だが無駄ではなかった。
あの経験があったからこそ、自分にとって本当に大切なものが見えるようになったのだから。
そして私は改めて思った。
我慢強い人が偉いのではない。
限界を理解し、自分を守る決断ができる人もまた強いのだと。