行きつけの小さな飲み屋でのことだった。
その夜、店主が珍しく重い顔でカウンターに立ち、ぽつりと口を開いた。
「実はな……ヤクザにみかじめ料2000万取られてさ。もう店、続けられない。今日で閉めるわ」
店内が一瞬で静まり返った。
誰も冗談だとは思わなかった。店主の声が震えていたからだ。
常連たちは言葉を失い、グラスを握ったまま動けない。
そんな中、カウンターの端に座っていた物静かな常連客が、ゆっくりと顔を上げた。
「へぇ……その小僧、呼べる?」
低く、落ち着いた声だった。
店主も周りの客も、一斉にその男を見る。
その人は、いつも一人で静かに酒を飲むだけの男だった。
騒ぐわけでもなく、誰かと深く話すこともない。ただ黙ってグラスを傾けているだけの常連。
だからこそ、店内は妙な緊張に包まれた。
店主が戸惑いながら聞く。
「呼べるけど……どうするつもりなんだ?」
男はグラスを置き、少しだけ笑った。
「いや、ちょっと顔見てみたいだけさ。
2000万も取る度胸のある奴が、どんな面してるのか」
その言葉には、怒りも焦りもなかった。
ただ、妙に静かで、妙に重い。
なぜだろう。
その場にいた全員が、同じことを思っていた。
――この人、普通の常連じゃない。