新幹線の指定席は、窓側の静かな場所だった。
切符も何度も確認し、間違いなく自分の席だと分かっていた。荷物を置き、ようやく一息ついたその時だった。
「すみません、その席、間違えていませんか?」
見知らぬ男性が立ち止まり、私を見下ろすように尋ねてきた。
「いえ、指定席なので間違っていません」
そう答えた瞬間、男性の表情が一変した。
「でも、その席のチケット持ってる人、別にいると思うけど」
言い方に違和感を覚えながらも、私はもう一度切符を見せようとした。その時だった。
男性の視線が、私のお腹に止まる。
そして、低い声が続いた。
「妊婦だからって、人の席取っちゃ駄目でしょ」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
周囲の乗客の視線が一斉にこちらへ向く。喉が詰まり、言葉が出ない。
「ちゃんと確認した方がいいよ。そういうの」
男性はさらに追い打ちのように言い残し、立ち去ろうとした。
その時、後ろから落ち着いた声が響いた。
「その席、私が確認しましたが、間違いなくこの方の指定席です」
車掌だった。
静かに切符を確認し、男性の方へ視線を向ける。
「お客様の方が、車両と座席をお間違いの可能性があります」
その一言で、空気が一変した。
男性は一瞬言葉を失い、何か言いかけては飲み込み、そのまま無言で別の車両へ移動していった。
車掌は私に軽く会釈し、「ご不快な思いをさせて申し訳ありません」とだけ告げた。
新幹線がゆっくりと動き出す。
窓の外の景色が流れ始めたとき、ようやく胸の奥の緊張が少しだけほどけていった。
静かな車内の中で、私は自分の席をそっと握りしめた。