渡辺謙三は65歳の会社経営者だ。精密機器を扱う小さな会社を、息子と共に立て直し、今では上場企業にまで成長させていた。
しかし、その息子の修二は会社を継がなかった。修二が選んだのは警察官の道だった。
修二は若くして異例の昇進を重ね、最終的には警視庁第四課へ所属することになる。第四課は暴力団対策を担当する部署で、修二は数々の修羅場をくぐり抜けてきた。
そんなある日。渡辺家では、修二の新築住宅の上棟式が行われていた。
家族も職人たちも和やかな雰囲気で作業を進めている。新居の完成を皆が楽しみにしていた。
すると突然、黒い事務所風の車が数台乗り付けた。そこから、見るからに柄の悪い男たちが降りてくる。
先頭の男が現場を見回しながら怒鳴った。
「おい、誰の許可で工事してんだ!」
さらに男は職人たちを睨みつける。
「このまま続けたければ許可料100万払え!」
謙三は突然の出来事に一瞬たじろいだ。だが、できるだけ冷静を装って男たちを見る。
その時だった。なぜか職人たちが吹き出した。
「ははは!おいおい、本気で言ってんのか?」
職人の一人が腹を抱えながら笑う。
「続けたければ払えって、お前さん勇気あるなぁ」
周囲の職人たちも肩を震わせながら笑い始めた。事情を知っている者たちにとって、その脅しはあまりにも間が悪かったのだ。
そこへ、一台の車が現場へ入ってきた。修二が戻ってきたのだ。
修二は車を降りると、男たちへ静かに視線を向けた。
「今、誰かが許可料の話をしていたそうだな」
その声だけで空気が変わる。
修二は男たちの前まで歩き、低い声で続けた。
「この土地の許可が必要なら、まず俺を通せ」
その瞬間、男たちの顔色が変わった。
一人の男が修二の顔を見つめ、青ざめながら呟く。
「ま、まさか……渡辺……?」
別の男が慌てて仲間の袖を掴んだ。
「おい、やばいぞ。組長が言ってた名前だ……!」
男たちは一気に怯え始めた。さっきまでの威勢は完全に消えている。
そして次の瞬間。男たちは何も言わず、一斉に車へ駆け戻った。
まるで蜘蛛の子を散らすように、その場から逃げ去っていく。
静まり返った現場で、職人の一人が吹き出した。
「だからやめとけって話だったんだよ!」
その言葉をきっかけに、現場は大爆笑に包まれる。
謙三は苦笑しながら、息子の背中を見つめた。会社ではなく警察官の道を選んだ修二だったが、こうして町と家族を守っている。
やがて工事は再開された。職人たちは笑いながら作業へ戻り、現場には再び穏やかな空気が流れる。
そして数ヶ月後。修二の新しい家は無事に完成した。
渡辺家には今日も笑い声が響いている。