3月28日。
旦那の誕生日だった。
旦那は事業を始めたばかりで、まだお金に余裕があるわけではない。
だから外食や豪華なプレゼントはやめて、家で旦那の好きなものを作ることにした。
昼過ぎから材料を確認して、夕方には下ごしらえを始める予定だった。
私なりに、ちゃんと祝うつもりだった。
16時頃、コトメから連絡が来た。
「ケーキを買ったから届けたい」
それ自体はありがたかった。
ただ、夕方は私も料理でバタバタする。
だから旦那には、
「夕食前は忙しいし、食事中だとコトメも気を遣うと思うよ」
と伝えた。
私はそのまま17時前から台所に立った。
野菜を切る。
肉に下味をつける。
米をといで炊飯器にセットする。
旦那が好きな味にしようと、調味料も少し丁寧に測った。
別に豪華ではない。
でも、気持ちは込めていた。
18時半近くだった。
旦那が急に台所へ来て言った。
「ご飯、何時くらいにできそう?」
私は手を止めずに答えた。
「もう少しかな」
すると旦那は、当たり前みたいに続けた。
「それに合わせて母さんと妹を呼ぶから」
私は思わず振り返った。
「はああああああ?」
本当に声が出た。
何の話?
いつ決まった?
誰が準備するの?
旦那は私の反応にムッとした顔をした。
「誕生日は家族と過ごしたいと思うだろ?」
私は言った。
「その予定、前もって決めてたの?」
旦那は黙る。
私はさらに続けた。
「料理の内容の問題じゃないよ。材料は二人分、せいぜい三人分くらいしかない。呼ぶなら事前に言ってよ」
すると旦那は、不機嫌そうに言った。
「母さんも妹も、立派な料理じゃなくても気にしないから」
その瞬間、頭の中で何かが切れた。
気にしない?
誰が?
作るのは私。
焦るのも私。
足りない材料で何とかするのも私。
なのに、なぜ気にするかどうかを旦那が決めるのか。
私は火を止めた。
エプロンを外した。
そして静かに言った。
「米はといでセットしてある」
「料理も下ごしらえしてある」
「レシピはキッチンに置いておく」
旦那がこちらを見る。
私は続けた。
「どうしてもお母さんと妹を呼んでお誕生日会したいなら、残りは自分でやって」
「あんたが自分でもてなせばいい」
「私は知らん」
そのまま荷物をまとめて実家へ帰った。
正直、怒りで震えていた。
誕生日を祝いたくなかったわけじゃない。
義母や義妹が嫌いだったわけでもない。
問題はそこじゃない。
直前に勝手に決めて、私に全部背負わせる。
その感覚が無理だった。
夜、旦那から何通もメールが来た。
最初は謝罪っぽかった。
でも途中から、
「せっかくの誕生日だったのに」
「俺だって家族と過ごしたかった」
「そんなに怒ること?」
という空気がにじんでいた。
私は返さなかった。
翌日、旦那が実家へ迎えに来ることになった。
正直、私は少し構えていた。
また自分のご飯の心配でもしているのかと思った。
でも違った。
旦那はかなりしおれていた。
理由はトメだった。
誕生日当日、ケーキを届けに来たコトメが、私がいないことに気づいたらしい。
事情を聞いて、その場で旦那を説教。
さらに翌朝6時前。
トメが旦那に電話した。
「今から私たち、温泉に行くから運転手して。すぐ来て」
トメ宅までは車で40分以上。
旦那は当然怒った。
「急に言われても無理だろ!」
「こっちにも予定がある!」
そこでトメが言った。
「昨日、お前は嫁子さんに何をした?」
旦那はそこでようやく分かったらしい。
直前に予定を押しつけられることが、どれだけ迷惑か。
しかも準備する側の都合を考えず、
「家族なんだから」
「気にしないから」
で済ませることが、どれだけ相手を軽く扱っているか。
トメは昔から、旦那のこの“直前癖”に振り回されてきたらしい。
子どもの頃から、何でもギリギリ。
相談なし。
思いつきで予定変更。
そして周りが何とかしてくれると思っている。
今回、それを実演で叩き込まれたわけだ。
旦那は実家で頭を下げた。
「ごめん」
「俺が悪かった」
私はすぐには許せなかった。
でも、少なくとも今回は義実家が味方だった。
そこだけは救いだった。
帰宅後、私は旦那に言った。
「次に誰かを呼ぶなら、準備する人に先に聞いて」
「家族だからって、何でも許されるわけじゃない」
旦那は黙って頷いた。
まだ油断はしていない。
人の癖はそう簡単には治らない。
でもあの日、火を止めて実家へ帰ったことは、間違っていなかったと思う。
私が怒ったのは料理の量じゃない。
誕生日を台無しにしたかったわけでもない。
“私の時間と労力を、勝手に使っていいもの扱いされたこと”
それが許せなかったのだ。