春から息子が幼稚園に入園した。
週に数回お弁当の日がある。
年少さんだから、
少しでも楽しく食べられるように、
好きなおかずを入れたり、
彩りを考えたり、
毎回それなりに頑張って作っていた。
どこの家庭も同じだと思う。
だから、
ある日かかってきた一本の電話には驚いた。
相手は同じクラスのママだった。
開口一番、
「お宅のお子さんが意地悪したんです!」
と言われた。
私は慌てた。
まさかお弁当を落としたのか。
何かトラブルがあったのか。
そう思って事情を聞いた。
ところが話は全く違った。
その子は最初からおにぎりしか持ってきていなかった。
そしてうちの息子がおかずを分けなかった。
それだけだった。
私は一瞬言葉を失った。
つまり、
うちの子は自分のお弁当を食べただけで責められているのだ。
さらにそのママは言った。
「おかずの一つや二つ分けてくれてもいいでしょ?」
「年少なのに二段弁当なんて多すぎる」
「半分ずつ食べればちょうどいいじゃない」
本気だった。
冗談ではなく本気で言っていた。
私は呆れながら答えた。
「うちの子、すごく食いしん坊なんです」
「二段弁当でも足りなくて帰宅したらすぐおやつ食べるんですよ」
すると相手は怒った。
「そのうちデブになるわよ!」
そう言って電話を切った。
後日、
他の保護者から衝撃の事実を聞いた。
実はその子、
月の後半になると毎回おにぎりだけだった。
しかも理由は貧困ではない。
節約。
ただそれだけ。
周囲の子からおかずをもらう前提だった。
先生たちも以前から問題視していたらしい。
席を離しても、
隙を見て他の子のおかずを取る。
何度注意しても改善しない。
そしてついに保護者面談になった。
担任。
主任。
保護者。
全員揃って話し合った。
しかしそのママは最後まで主張を変えなかった。
「周りが分けてくれれば済む話」
「分けない子供が冷たい」
先生たちも限界だった。
主任先生が立ち上がり、
はっきり言った。
「それならお弁当の日は欠席してください」
教室が凍った。
当然だったと思う。
ところが、
ここからが本当の地獄だった。
夏休みに入って数日後。
昼前にインターホンが鳴った。
玄関を開ける。
誰もいない。
しかし足元を見ると、
その子が立っていた。
小さなリュックを背負い、
黙って立っていた。
周囲を見回しても母親はいない。
後で分かった。
同じことが、
おかずを取られていた他の家庭でも起きていた。
つまり、
先生に叱られた腹いせに、
子供を私たちの家へ置いていったのだ。
まるで、
「あなたたちが食べさせればいい」
と言わんばかりに。
さらに驚いたのは、
その家庭が決して貧しくなかったことだ。
近所では有名だった。
貯金は数千万円。
旅行も行く。
外食もする。
ただ、
目標貯金額を守るために、
子供の食費だけ削っていた。
私は怒りを通り越して悲しくなった。
お金がないわけじゃない。
食べさせられないわけでもない。
それなのに、
子供だけが我慢していた。
結局、
問題はお弁当ではなかった。
おにぎりでもなかった。
「周囲が補ってくれるから自分は何もしなくていい」
そんな考え方そのものが問題だったのだ。
そして一番の被害者は、
間違いなくあの子供だったと思う。