ある日の夕方、突然電話が鳴った。
「もしもし…〇〇さんのお母さんですか?」
小6の娘の担任からの電話だった。最初は普通の連絡かと思った。ところが次の言葉に、心臓が跳ね上がった。
「卒業式当日、娘さんともう1人の女児で、障害を持つクラスメイトの男児の世話を1日お願いします。汚れても構わない服装で来てください。もし嫌なら…」
一瞬、耳を疑った。卒業式当日、娘は晴れ着を着るはずだった。なのに「汚れても構わない服装」だなんて。世話係だと…1日?しかも、その言葉の後に続いた「嫌なら…」の含み。拒否すると何か問題でも起きるのだろうか。
私は電話口で、言葉が詰まった。娘の顔が浮かぶ。楽しみにしていた卒業式が、まさかこんな修行のような日になるなんて。
それでも心の奥では、娘が困っている姿を想像してしまった。
クラスメイトの男児は、まだ小学生。サポートが必要なのは分かる。だけど、それにしても、なぜ晴れの舞台で母親まで出動しなければならないのか。
頭の中で想像が膨らむ。式場の壇上でスーツも汚れ、息子の手を引き、途中で転んだりしないか。写真も撮れない。親としてのプライドは粉々になり、でも娘のために動かざるを得ない葛藤。
「…分かりました」声が震えるのを感じながら、私は答えた。断る勇気より、娘を守りたい気持ちが勝ったのだ。
電話を切ったあと、胸の奥で何かがくすぶった。喜びと期待の日が、まさか修羅場になるなんて。誰も予想できない卒業式の幕開けだった。
その日の夜、私は娘に小さな声で言った。
「大丈夫、絶対に守るからね」
でもその心の裏側には、ほんの少しの怒りと、どうして私たちまで…という苛立ちが混ざっていた。