「声を出すな、トイレに来い」一蘭で渡された謎のメモ。私は完全に終わったと思った。
2026/06/12

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仕事帰りの金曜日だった。

その日は朝から会議続きで、昼休みもまともに取れなかった。

ようやく解放されて立ち寄ったのが、一蘭だった。

席に座り、注文用紙を書きながら思う。

今日は替え玉までいこう。

そんなことを考えていた。

店内はほぼ満席。

仕切り席特有の静かな空気が流れている。

聞こえるのは麺をすする音だけだった。

その時だった。

コン。

隣の仕切りが軽く叩かれた。

何だろうと思った次の瞬間、仕切りの下から一枚の紙が差し込まれてきた。

私は反射的に拾った。

そして書かれていた文字を見て固まった。

「声を出すな トイレに来い」

意味が分からなかった。

いや、意味は分かる。

分かるからこそ怖い。

私は恐る恐る隣を見る。

仕切りの隙間から見えたのは、大きな腕だった。

黒いキャップ。

ヒゲ。

がっしりした体格。

完全に怖い人だった。

心臓が一気に速くなる。

何これ。

絡まれた?

何か怒らせた?

それとも変な勧誘?

SNSのドッキリ?

頭の中で嫌な想像ばかりが膨らむ。

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しかも最悪なことに、一蘭は基本的に静かだ。

店員も奥にいる。

大声も出しづらい。

私は紙を握りしめたまま固まった。

すると隣の男性が立ち上がった。

そのまま無言でトイレの方向へ歩いていく。

去り際に、もう一度だけ仕切りをトントンと叩いた。

まるで、

「早く来い」

と言われた気がした。

いや無理。

怖すぎる。

私はスマホを握りしめた。

最悪の場合は警察だ。

でもまだ何もされていない。

どうしようか迷っていると、ふと違和感を覚えた。

後ろの席の女子高生らしき二人が、こちらを見ている。

笑っているわけではない。

でも何か様子がおかしい。

さらに向かいのサラリーマンも妙に視線を逸らした。

私は首を傾げた。

その瞬間だった。

椅子から少し腰を浮かせる。

すると妙な感覚があった。

背中がスースーする。

嫌な予感しかしなかった。

私はスマホのインカメラを起動した。

そして背中を映す。

次の瞬間。

本気で終わったと思った。

白いシャツの背中が、縦に大きく裂けていたのである。

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しかも想像以上だった。

下着どころか肌まで見えている。

私は一気に青ざめた。

どうしてこうなった。

朝は何ともなかったはずだ。

バッグに引っ掛けたのか。

どこかで破れたのか。

全く分からない。

でも一つだけ分かった。

店内の人たちはみんな気付いていたのだ。

だからあの視線だった。

恥ずかしすぎる。

穴があったら入りたいとはこのことだった。

すると再び紙が差し込まれた。

「トイレ前に上着置いといた」

私は思わず顔を上げた。

数秒迷ったあと、席を立った。

トイレ前へ向かう。

するとそこには、黒いパーカーが綺麗に畳まれて置かれていた。

少し離れた場所で、例の男性がスマホを見ている。

私は慌てて頭を下げた。

「ありがとうございます……」

すると男性は気まずそうに笑った。

「いや……普通に言うと逆に恥ずかしいかなって」

私は言葉を失った。

さっきまで完全に犯罪者扱いしていた相手が、実は私を助けようとしてくれていたのである。

しかも店中に知られないように。

一蘭の静かな空気も壊さないように。

だからあの紙だったのだ。

「声を出すな」

ではなく、

「周りに聞かれないように」

だったのである。

私は恥ずかしくなった。

「すみません……怖い人かと思ってました」

正直に言うと、男性は吹き出した。

「よく言われます」

その返事に私も笑ってしまった。

帰り際、私はクリーニング代を渡そうとした。

しかし男性は首を振った。

「いいですよ」

「実は俺も昔やったことあるんで」

私は思わず声を上げた。

「同じことを?」

「もっと派手に破れました」

そう言って笑う。

最後に男性は言った。

「でも次からは文面変えます」

「完全に脅迫状でしたから」

私は大笑いした。

確かにその通りだった。

店を出る頃には、最初の恐怖はどこかへ消えていた。

その日以来、私は外出前に必ず背中を確認するようになった。

そしてもう一つ学んだ。

見た目だけで人を判断すると、大事なことを見落とす。

あの日、一番怖そうだった人は、店内で一番優しい人だったのだから。

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