夫が突然、自ら命を絶った。
遺書はなかった。
持病もなく、会社で大きなトラブルを抱えていた様子もない。
私たち夫婦の間に浮気があったわけでもなく、前日もいつも通り夕食を食べ、「明日は少し早いから」と言って眠っただけだった。
だから私は、何度も何度も同じ場所で考え続けた。
なぜ。
何が夫をそこまで追い詰めたのか。
答えのない日々が続いたある日、私は夫の部屋を片づけていた。
机の上には、飲みかけのコーヒーの跡と、仕事用のノート。
そして、しばらく触れずにいた夫のパソコンがあった。
電源を入れると、ブラウザにいくつかのブックマークが残っていた。
その中に、見慣れない掲示板のスレッドがあった。
胸騒ぎがして開くと、そこには夫らしき人物の書き込みが並んでいた。
「妻に嫌われている気がする」
「家にいても、自分だけが余計な存在に思える」
「笑ってくれるけど、本当は無理をしているのかもしれない」
私は息を呑んだ。
そんなこと、一度も思ったことはなかった。
むしろ夫に心配をかけまいとして、私はいつも平気な顔をしていただけだった。
育児や仕事で疲れていても、「大丈夫」と笑っていた。
けれど夫には、それが距離に見えていたのだ。
さらに読み進めると、誰かの返信が目に入った。
「奥さんはもう冷めてるんじゃないか」
「離婚される前に覚悟した方がいい」
無責任な言葉が、夫の不安を少しずつ削っていた。
私は画面の前で崩れ落ちた。
どうして一言、聞いてくれなかったの。
どうして私も、もっとちゃんと伝えなかったの。
愛していると。
必要な人だと。
その日から私は、夫の死の理由を完全に理解できたとは思っていない。
ただ一つだけ分かった。
沈黙は、時に人を孤独の底へ落としてしまう。
だから今でも私は、仏壇の前で毎日言う。
「あなたは、いらない人なんかじゃなかったよ」