通勤ラッシュの電車で、私はつり革につかまりながら、ゆっくり息を整えていた。
お腹はまだ大きくないが、つわりが残っていて、少し立っているだけでも体が重かった。
バッグには妊婦マークを付けていた。
席を譲ってほしいと強く思っていたわけではない。
ただ、誰かの邪魔にならないよう、ドアの近くで静かに立っていた。
次の駅に着いた時、目の前の席がひとつ空いた。
その瞬間、近くにいたオジサンが私の妊婦マークをちらりと見た。
そしてドアが開いた途端、降りる人を避けるように素早く体を滑り込ませ、その席にどさっと座った。
あまりの早さに、私は一瞬言葉を失った。
オジサンは気まずそうにスマホを取り出し、私と目を合わせようとしない。
その行動に呆れていると、隣に立っていた女子高生が小さくため息をついた。
そして、はっきりした声で言った。
「さっき妊婦マーク見てから座りましたよね」
車内の空気がぴんと張りつめた。
オジサンは顔を赤くして、「疲れてるんだよ」とぼそっと言った。
すると、向かい側に座っていた年配の女性がすっと立ち上がった。
「疲れている人は座っていいのよ。でも、恥ずかしい座り方はしない方がいいわね」
その一言に、周囲の視線が一斉にオジサンへ向いた。
結局、オジサンは無言で立ち上がり、別の車両へ移っていった。
私は席に座らせてもらい、女子高生と女性に頭を下げた。
その日は体のつらさより、人の優しさが胸に残った。